「ダメ出し」や「あらさがし」の好きな上司っているよね。

 

こんなこともできないのか?
こんなことも知らないのか?
そんなこと常識でしょ?
真面目にやってる?
前にも言ったよね?

 

これらの言葉がどうして出るのか、事実として「できない部下」がいた時、どのように接したらいいのか考えてみた。

 

「ダメ出し」と「あらさがし」の違い

 

話を展開する前に「ダメ出し」と「あらさがし」の定義をはっきりさせておこう。

 

ダメ出しは「ある根拠に基づいて相手の悪口を言うこと」。

 

あらさがしは「相手の欠点をさがし出して悪口を言うこと」である。

 

つまり、両方とも「悪口」であり、違いは、「根拠が事前にあるかないか」ということだ。

 

なお、「ダメ出し」と「あらさがし」は、特定の相手がいるという面においてまだまともである。

 

相手を選ばなくなったら「クレーム」になってしまう。

 


 

どうして上司は「ダメ出し」や「あらさがし」をするのか?

 

まだまともと言いつつも、「ダメ出し」や「あらさがし」をする上司は、やや精神状態が追い詰められていると言える。

 

とくに「あらさがし」はヤバイ。

 

身の危険でも感じていない限り、「あらさがし」なんてしないと思うからだ。

 

その点、「ダメ出し」はまだ健全である。

 

相手より自分の方が上だって確信があるから「ダメ出し」ができるのである。

 

地位が脅かされるところまでは行っていない、ということだ。

 

上司が偉そうに「お前なあ、こんなこともできないのか?」って余裕をぶっ込めるうちは、並みの組織として機能できる。

 

もし、上司が「あらさがし」までするようになったら、その組織はかなり崩れかかっていると思ったら良い。


 

どうやったら「ダメ出し」や「あらさがし」の無い組織になれるのか?

 

実は「ダメ出し」や「あらさがし」は、誰かが使いだすとみんなが使いだすところがある。

 

誰も注意する人がいないと、誰かが使い出し、そして使われた側が今度は仕返しのように「ダメ出し」や「あらさがし」をするようになる。

 

つまり「文化」なのである。

 

この文化をどうやって正したらいいのか?

 

結論を言えば、注意をするしかない。

 

会社の行動指針に「心理的安全性を損なう言葉は使わない」と明記するなどし、もし、誰かが使ったら「ブブー、はい、言葉を使いなおしてください」とでも注意できる文化を育てるしかない。

 

これをすることが、組織の「心理的安全性」を高め、コミュニケーションしやすい風土をつくるんだよね。