心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。
ウィリアム・ジェームズ William James1842~1910
先日、紛糾した話し合いに出くわした。
コンサルA:あの会社のガンは社長だ。現社長には辞めてもらい、新しい社長にしない限り、この会社は良くならない!
コンサルB:社長を変えるだと?あんた、それでもコンサルか!そもそも人は変わる。マインドセット次第で人は一瞬で変わる。
コンサルA:人が変わるだと?「過去と人は変えられない」。これが常識だろう。
コンサルB:その言葉には続きがある。「自分と未来は変える事ができる」。つまり、自分を変えようと思った時から人は変わるんだ。
コンサルA:俺が言いたいのは、あの社長は自分を変えようだなんて思わないってことだ。だから社長交代しかないって言っている。
コンサルC:話に割り込みますが、私は人の気持ちや考えは環境に依存すると思っています。人は変えられないけど、行動を変えることは可能じゃないかな。
コンサルA:社長を変えずに、どう環境を変えようってんだ。内部環境を変えるのも、外部環境を選ぶのも社長次第だろう。違うか?
コンサルC:その処方箋を提案するのが我々の役目じゃないですか?
コンサルA:おまえら一体何年がかりでそれをやろうとしている?あの会社はもうそんな悠長なこと言っていられる時間はないんだよ。
・・・
ちょっと脚色を加えているけど、おおよそこんな感じの討論だったかな。
ここでは3人のコンサルの誰が正しいのか?なんて話をするつもりはない。
3人とも正しいことを言っていることを前提に、「人の変化」に対する構造を明らかにしたい。
まず、それぞれの主張を整理してみた。
コンサルAの主張:人のパーソナリティ(人格)はそうそう変わらない。変わるとしても時間が掛かる。
コンサルBの主張:人はマインドセット(考え方の癖)さえ変われば一瞬で変わる。
コンサルCの主張:人の言動は環境に依存している。環境が変われば言動も変わる。
こうやって整理すると、それぞれ言っていることはまともであり、ちっとも間違っていない。
■人のパーソナリティは、生涯通じてほとんど変わらない
コンサルAの主張のとおり、パーソナリティ(人格)はそうそう変わらない。
クロニンジャーの「パーソナリティ理論」では、パーソナリティは、生まれつきの「気質」をベースに、後天的なキャラクター(外見的な性格)によって形作られている。
簡単に説明すれば、「気質」は脳内物質(ドーパミン・セロトニン・ノルアドレナリン)量の個人差の現れ、「キャラクター」は人間としての成熟度の現れってことだ。
確かに、脳科学的にも、ドーパミンは好奇心に関係し、セロトニンは精神の安定に関係し、ノルアドレナリンは交感神経を刺激しファイティングモードに関係していると言われており、「三つ子の魂百まで」じゃないけど、これらの格は生涯を通じてあまり変わらないように見える。
では、後天的と言われる「キャラクター」はどうか。
クロニンジャーは、成長と共に変えることのできるものとして「自己志向性」「協調性」「自己超越性」の3つをあげた。
- 自己志向性
人は成熟するにつれ、自己決定や意思の強さが増す。 - 協調性
人は成熟するにつれ、他者を受け入れる能力が増す。 - 自己超越性
人は成熟するにつれ、世の中の複雑な因果関係を俯瞰してみるようになる。
ただし、これら3つとも生涯をかけて熟成する能力である。
後天的な変化には違いないけど、「人は変わる」と言い切るにはあまりに長すぎないか?
■マインドセット次第で人は変われる?
さて、パーソナリティは生涯をかけて変化すると書いた。
だけど、これだとコンサルBが主張する「マインドセット次第で人は一瞬にして変わる」とは矛盾してしまう。
確かに「三つ子の魂百まで」かもしれない。
でも我々は、短期間でのパーソナリティ変化を体験していることがある。
例えば、「俺には無理だ」と諦めていたことを身近な友人が成し遂げたとたん「俺だってできる」に変わり、急にリーダー的な人物になったりだ。
おそらく誰しも、誰かが突然大人びたり、急にしっかり者になったのを目の当たりにしたことがあるんじゃないかな。
これらは、マインドセット(信念)が変わったことで、人格が変わる現象と言える。
特に大きな体験をした場合、ほんの数日で何年か分の変化があったようにキャラが変わることだってある。
彼らにいったい何が起こったと言うのか?
おそらく「人生目的」が変わったのだろう。
それまではっきりしていなかった人生目的が、何らかの体験で、一気にスクラップ&ビルドされた時、このような変化が現れるのだと考える。
だけど、人生目的を持つだけで誰もがパーソナリティの変化を起こすわけじゃない。
内面的にも外面的にも変化を起こすだけの何らかの力(適応コンピテンス)がいるようだ。
こういうのを「アダプタビリティ(適応力)」って言うんだけど、ホールというキャリア学者は次のような式を提示している。
アダプタビリティ=「適応モチベーション」×「適応コンピテンス」
まず適応モチベーションだけど、ざっくり言えば「人生目的を持つこと」である。
著名なスポーツマンや表現者などはみな人生目的を持つことで、モチベーションを保っている。
この適応モチベーション(人生目的)を持つことで、人はアダプタビリティ(適応力)を持つことができる。
次に適応コンピテンスだけど、ホールは、これについて次の3つで説明している。
反応学習
変化する外部環境からのサインを読み取り、その要求に反応したり逆に環境に影響を及ぼしたりするために、役割行動を発展させたり最新のものにしたりする。
(つまり)試行錯誤
アイデンティティの探索
アイデンティティの維持や修正を行うために、自己に関する完全かつ正確な情報を得ようと試みる。
(つまり)自己探求
統合力
自分の行動とアイデンティティの一致を保ち、環境変化にタイムリーかつ的確に応える。
(つまり)上記2つを行動をバランスよく実行する能力
なお、アダプタビリティの式が「掛け算」であることを注意してもらいたい。
なぜ掛け算にしているのかと言えば、どちらかがゼロだとアダプタビリティもゼロになるという意味である。
つまり、パーソナリティを変化させるには、能力(適応コンピテンス)と意欲(適応モチベーション)、両方必要ということだ。
■環境を変えれば行動が変わる
レヴィンという学者は、「同じ人物でも環境が変われば行動が変わる、同じ環境でも人物が変われば行動が変わる」と言っている。
確かに、環境さえ変えてしまえば、否が応でも行動は変わる。
例えば、アメリカで単身生活したら、嫌でも英語を覚えるだろうし、生活全般アメリカナイズされるだろう。
また私自身、子どもの頃、自転車を買ってもらったら、その日から行動範囲が急激に広がり、友人関係などが大きく変わった記憶がある。
同様の体験は誰しも持っているんじゃないかな。
環境が行動に影響を及ぼすのは間違いないとして、問題は「誰が環境を変えるか?」だと思う。
先ほどのアダプタビリティの話では、変化は本人次第といった話だった。
でも、環境を変えるだけなら、本人でなくても出来てしまう。
先ほどの私の例で言えば、親が自転車を買ってくれたから私は変化できた、とも言える。
その意味では「人を変えることは、他者でもできる」と言っても良いかもしれない。
まあ、この辺りになるとタラレバの話になるので、そろそろ終わりにしよう。
まとめとして、これまでの話をシステム図にしてみた。
人の変化の構造は、こんな感じじゃないかな。
