「哲学は社会じゃ役に立たない」って話を聞くことがある。

 

特に大学で哲学を専攻した人たちから聞こえてくるかな。

 

学問としての哲学と現実の社会やビジネスは両立しないって意味なんだろうね。

 

でも、私はビジネスこそ哲学でできていると思っている。

 

いわゆる「哲学」とは「この世の原理を言語化すること」だと思うけど、ビジネスも同様のところがある。

 

たとえば、マーケティングは、人が購買する原理を見つけ、収益に結び付ける発信をすることである。

 

組織マネジメントは、人や集団の原理を見つけ、その原理に従いコミュニケーションすることである。

 

ステークホルダー(顧客、取引先、社員、株主、金融機関等)とのコミュニケーションも同様だ。

 

そもそもビジネスとは、イノベーションという形で、新たな原理を創り上げる試みとも言える。

 

どれもこれも原理を見つけ、それを言語化することで仕組みにしている。

 

■哲学って何?

 

今、哲学という言葉は過去の遺物になりかかっている。

 

本屋に行けば、そのことが端的に分かる。

 

哲学コーナーには、昔の哲学者(サルトル以前)の本が並んでいるのに対して、現代の思想家たちの本は「現代思想」のコーナーに並んでいる。

 

ん、哲学と思想ってどう違うの?

 

当然、そういう疑問が湧くんじゃないかな。

 

古代ギリシャの頃は、哲学(philosophía)は、政治学、宇宙論、天体学、自然学(物理学)、気象学、博物誌学的なものから分析的なもの、その他、生物学、詩学、演劇学、および現在でいう心理学なども含まれており多岐にわたっていた。

 

ところが、これらの学問は時代とともに哲学から独立し、いつしか哲学と言ったら形而上学(この世の原理を言語化すること)だけを指すようになっていった。

 

その形而上学も、サルトルの哲学(実存主義)が、文化人類学者のレヴィストロースの批判に事実上敗れたことで、普遍主義的な哲学は終焉する。


これをポストモダンって言うんだけど、要するに「哲学は科学というより思想だろう」ってところに落ち着いたのだ。

 

哲学とは語る人、語る時代などによってバラバラなので、「思想」という括りになったのは仕方のないことだろうね。

 

よって哲学は過去の遺物となりかかっているというわけだ。

 

■経営哲学とは何?

 

先ほど、哲学とは「この世の原理を言語化すること」と言った。

 

これって「コンセプトの言語化」と言うこともできる。

 

コンセプト(concept)とは、認知(percept)の組織化のことを言う。

 

 

人は日々、自覚、無自覚問わず、様々な認知をしている。

 

これらは暗黙知として頭の中に蓄えられ、何かの拍子に認知は結びつき、コンセプトとなる。

 

このコンセプトの言語化のうち、何らかの原理を探し当てるものが哲学と言えるだろう。

 

その意味じゃ、新しいライフスタイルや製品・サービスの原理を求めるビジネスも哲学の一種と言えなくもない。

 

ビジネスは、さまざまな現象や過去の知見を互いに関連づけ、ひとつの大きな意味へと飛躍し、社会や歴史の文脈に位置付ける。


こう考えるとまさにビジネスは哲学である。

■メタファーの力

 

イノベーションを起こすようなコンセプトは、必ずと言っていいくらいメタファーの力を借りている。

 

何故かと言えば、まだこの世に存在しないものを表現するにはメタファーでしか表現されないからだ。

 

たとえば「テスラ社の自動車はまるで走るスマホだ」である。

 

これは単に「うまい表現をした」というのとは違う。

 

コンセプトの言語化なのである。

 

言い方を変えれば哲学ってことだ。

このメタファーを聞いた人は、まだ誰も知らない未知の世界を直観的に理解できるのである。

 

ちなみにメタファー(Metaphor)とは、比喩の一種だけど、直接的に喩えない隠喩である。

Metaは「~を越えて」、phorは「運ぶ」という意味で、つなげれば「別の世界へ越えて行く」というのが語源的意味だ

このようなコンセプトの言語化こそ、哲学の真骨頂だと思うのだけど、現代ではビジネスでこそ発揮されている。

 

■哲学的にビジョンを構築する

 

さて、経営者ならみな頭を悩ませるのはビジョンをどう創るかじゃないかな。

 

「一寸先のことすら分からないのに、5年後10年後なんて分かるわけがない」。

 

って声もあるだろうけど、ビジョンの無い会社、つまり方向の見えてない会社に、社員は入社したいとは思わないし、金融機関だって融資しちゃくれないだろう。

 

そもそも将来の見えていない会社って、要するに将来の無い会社じゃない?

 

だからビジョンを描かなきゃならないわけだけど、これが難しい。

 

10年後の社会はどうなっているのか?

 

AIやDXはどうなる?

 

人生100年時代?

 

政治?

 

経済?

 

パンデミックや天変地異?

 

考えれば考えるほど、10年後なんて分からないってなるけど、それでも「10年後はこうなりたい!」というコンセプトの言語化は必要だろう。

 

ビジョンというメタファーを創造することで、人は集まり、現実を変えることができるんだよね。