ニューノーマル時代、誰もが世の中の変化に適応するための「適応力」が必要になる。
適応力とは、簡単に言えば「自分らしさを見つける力」だ。
自分の目的を持ち、状況を把握する力を持ち、そこから方法を生み出せる人が、ニューノーマル時代に求められているんじゃないかな。
言うまでもないけど世の中は予測不可能だよね。
10年後を予測するなんて誰にもできない。
特にニューノーマル時代(ウィズコロナ、人生100年時代、VUCA、第4次産業革命後)は、ますます予測不可能になる。
でも、「予測不可能だから何もしない」ってわけにはいかない。
予測不可能だからこそ、変化に適応しなきゃならない。
じゃないと生きていけないからだ。
また、その方が本来の人間らしさに戻れる気がする。
「他人のやらないことをする」「他人のできないことをやる」という本来の生き方だ。
人類の歴史の中で「みんなと同じ」が正解だったのは、戦後数十年の期間だけ。
それ以外、為政者によって押さえ付けられた人以外は、みな「違い」で這い上がっている。
■ニューノーマル時代は「一寸先は闇」
ニューノーマル時代の特徴は「変動」「不確実」「予測不可能」「あいまい」、過激な言い方をすれば「一寸先は闇」である。
たとえば、今後もスマホやSNSのような破壊的なイノベーションが生まれて世の中をガラッと変える可能性はある。
それにともない消費行動も変わるし、その消費行動に合わせて新たな産業も生まれるし、娯楽や教育だって変化し続ける。
これまで安泰だった会社も、下手したら業界ごと消えてしまうことすらある。
それがニューノーマル時代だ。
また、今回のコロナ禍でよく分かったけど、発端は自然現象でも、必ず「政治」「社会」「経済」に影響を及ぼす。
それは、自然現象だけでなく、国家間の対立、デフレやインフレ、株価の暴落、金融機関の破たんなどでも、同様の波及はあるだろう。
もちろん、このような惨事など無い方が良いに決まっている。
でも、残念ながら「必ず起こる」のである。
そしてこれからは今まで以上に起こりやすくなっている。
それだけじゃない。
人の認識だって、10年一昔の勢いでどんどん変化している。
思い起こしてもらいたいけど、環境に対する認識、民族・LGBTQ・障がい者に対する認識など、ここ10年で大きく変化している。
たとえば、性の多様性を表現する言葉は、ついこの間まで「LGBT」だった。
ところが現在では、LGBTにQ (クィア:Queer:性的少数者全体を包括する用語)を加えて「LGBTQ」という呼び方が主流になりつつあるようだ。
しかもそれでオーソライズされたとわけじゃなく、人や団体によって、LGBTTT、LGBTTQQIAAP、LGBT(Q(IA))+、・・・、さまざまな表現が併存している。
収束されることなく、どんどん複雑化する。
多様性との共存とはそういうことである。
この時代を生きるには、それぞれの立場や状況に応じて、それぞれが考えなくちゃならない。
その時必要になるものが「適応力」である。