Fuzzy Masayan -24ページ目

Fuzzy Masayan

ある写真屋のぼやき

   一命をとりとめたということが重大事と感じるより、無気力と言った方が当たってるような、そんな毎日でした。「気が抜けた」ままで、三ヶ月は現場の仕事は出来ませんでした。撮影に対する意欲は残ってましたが、営業に関しては気力は薄れてしまいました。経営者としては失格ですね。そのために、今でも苦労してます。いい写真をつくれれば、贅沢は要らないと、カッコイイ考えで居りましたが、現実は厳しい!    頑張る気力が充実して来た頃、父が高齢のため、介護が必要になって来て、我が家には既に女手は無くて、やむを得ずデイケアサービスを利用することに。母親は、糖尿で倒れてわずか15分後に、他界してしまい、息子として申し訳ない気持ちでしたので、親父は俺が面倒観ると、腹をくくりました。医学の知識が少しでもあれば早く手が打てたのにと、反省するとともに、家族であればこそ、できる限りの世話はすると覚悟しました。98歳で亡くなるまで、食事から散歩、下の世話までキッチリやりました。少しは、気が楽になりましたが、一つだけ気になる事があります。。それは亡くなる前に、病院のベッドで言った事です、「なんか?やりたいことや、行きたい所あれば言ってくれ」と言ったら、「うまいものや、行きたいとこなんかねえよ!,ただできれば死ぬ前に白無垢のの花嫁さんを撮影したい!」と、言い放ちました。周りにいた看護師さんたちは、驚いて私の顔を見て「爺ちゃん、写真屋さんだったの?」と、、、、、、、、予想外の答えに、、、、、「負けた!」とおもいました。                                                           つづく