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Fuzzy Masayan

ある写真屋のぼやき

      ポートレートは生きてる証?   それを記録し伝えてゆくのが写、真館の仕事?     よく分かりません、今だに。深く考えたこともなっかったし。写真館に生まれて、たまたま長男だったので、、、素直に受けてしまった素直なワタシ!   年甲斐もなく言い訳を自分にしてます。   しかし、命を失うかもしれない事態に追い詰められた時から、少しずつ変わり始めたのかも?   事態を、そして自分を、理解できるようになり始まった時から。   そして、今まで出会った先輩の方々が、私に話してくれた事を徐々に思い出してきました。 反省しながら、人の話を聞くのが苦手な悪い癖を改めるべく、再度文字に表してみます。               もう、10年以上前の話ですが、県内の写真館のサークルの仲間と東京のシバタスタジオにセミナーで訪問した時の話です。柴田先生の作品をスライドショーで見せていただいて、あまりのポートレート作品の素晴らしさに腰が立たないほど度肝を抜かれました。その時のトーキングで赤ちゃんの写真は赤ちゃんとお喋り出来ないと撮れませよ!と言われてガーンと来てしまいました。そんな無理な事と思ってしまったのは事実です。それができないのはプロではない!と、、、、、忘れることは出来ない課題でしたので、努力はずーとして来ました。何とか最近、赤ちゃんが笑顔で返してくれるようになりました。勿論100パーセントではありませんが。素晴らしい先生です。またある時は、作品の合評会が都内で開かれた時に、関東の研究会の仲間がそれぞれの自分の作品を持ち寄って集まりました。柴田先生がが講師でした。その時は店もかなり忙しかったのか?あらためてプリントする時間が無くて、うちのスタッフののカメラマンの作品が飾ってあったので,写真を額から外して電車に飛び乗りました。その時点では同じ店の写真だから問題ないだろうと思ってました。合評会にに間に合ったのは良かったのですが、その後強烈なボディブローを撃ち込まれてしまったのです。講師の批評で順番が回ってきましnた。「この写真は、イマイチ作画の意図が分からんなー。」と、先生はおっしゃっていたような?、、、、、、この後、間髪入れず、もう一言来ました。「サトーさん、今度来るときはご自分の作品持って来てねえ!」と、おっしゃったのです。ガーンと来てしまいました。赤面なんてものではありません。弱い心臓が更にまた土砂崩れです。と、その時偶然にも、柴田先生の同級生とお聞きしていた、沼津の福島さんが隣に同席しておりましたので、いたたまれず聞いんnしまいました。「なんで柴田先生には、私の撮った写真ではないと分かったんでしょうか?」と。そしたら福島さん曰く「佐藤くん柴田さんと喋ったことあるのか?」、、、、、、、、、「あります、コーヒータイムに5分ぐらいですけど!君んち栃木のどの辺なの?程度の会話ですけど」と答えました。、、、、福島さん曰く「彼は少し会話しただけで、相手の人となりを見抜く感性を持ち合わせている人物だよ」と。「あの写真はサトーの人間性は全くでていない、サトーが撮るはずのないものだから!」それが彼には分かるんだと.。                                         つづく