ひと昔前,ブライダルをメインの仕事にしていた頃に、グループのカメラマン達と研修会が有り、モデルを頼んでテスト撮影をしました。その時の写真をプリントアウトして、分かるかどうか撮影者を分類してみました。結果、驚くなかれ、全部明確に誰が撮ったのかわかりました。柴田先生に感謝です。撮影態度が基本的に変わりました。自分は偽れないと 肝に銘じました。
更にまた怖い先生に恵まれました。その方は宮大工の 小川棟梁です。今では、日本を代表する小川棟梁ですが、先生の生家は私の家の目の前でご実家でもある関係ですので、幼馴染の気軽さでお付き合いさせていただいております。関西と関東の地域差があるので、滅多にお会い出来ませんが、実家に来られた折にたまに立ち寄ってくれます。しかし、お茶を飲みながら気軽に世間話をしていても、聞き逃せない深い意味深な事を織り交ぜて話されるので、聞き入ってしまいます。そして、帰られた後、私は腕を組んで必ずため息をつくのです。あまりにも考えさせられる深く最もな話ゆえ、、にです。樹木は生きている植物であり、伐採されて木材になっても単なる物品ではない!とか、話題に尽きない沢山の教えをいただきました。古代建築の五重の塔の心柱によって巨大地震にも耐えられた話、しかも釘一本も使わない組み込みの技術とか。、、、、、最も心に残っている事は、未だ考えが現在進行形である「命あるもの」についてです。ある時、小川棟梁が私に言った「感謝の気持ち」を少しでもいいから持ち合わせていること。キュウリやトマトなど、口に入れる前に「作った人」を思い浮かべて感謝し、キュウリにも命あるので「いただきます」と、心でで言ってから食べるんだと。。食物連鎖は理解出来るが、あまり考えたことがないのでグサッときました。なんか親父と似たような事,言ってるなと思い出して居ました。お店に来られたある時、ディスプレイされてる写真をしげしげと見ていました。しばらくしてから私に言いました「相手の立場に立って撮れるように、オレが撮るではなくて!」。「いい写真を撮る勉強は、ひとえに人間性を磨くこと。」それが、「修行だ」と。だから一生修行中!お迎えが来るまで、修行中 !、、、、、、です。 相手の生命体を軽んずることなく、共に生きて、後世に繋いで行かないと後輩が苦労します。今現在,世の中、私にとっては、かなりの逆風ですが、先輩の苦労を思えばまだまだ甘ちゃんなのかも? つづく