一杯のコーヒーを淹れるために
ミルを挽き 湯を沸かす。
ドリップにペーパーを差し込み、
挽き終えた粉をいれると
辺りはコーヒーの香りが
薔薇のように拡がる。
空気そのものが
苦い思い出を運んで来
僕を追憶の彼方に連れ去る。
カタカタと薬缶の蓋が鳴り出すと
湯を入れるサインだ。
僕はゆっくり立ち上がり、
薬缶の取っ手を掴んで
注ぎ口をドリップに傾ける。
白い湯気を立ち上らせながら、
湯はドリップに溜まりつつ
器にコーヒーを滴らせる。
黒褐色の液体が
見る見る拡がって、
世界はコーヒーの洪水だ。
方舟に乗った僕は
たった一人 取り残され、
世界が満杯になるのを見る。
それが平和というものだよ、

どこかから声が聞こえる。
この色と香りの前では、
朝露に塗れ豆を収穫する人たちの姿も、
それを不当に安い値で買い叩く貿易会社の社員の姿も、
みんな消えてなくなるのだ。
そしてドリップを片付けて器を傾けコーヒーを啜りながら一言
「これが平和というものだよ」
と僕は呟くのだ。
たった一人だけの部屋で。




コーヒー|藤盛槐 @enju1948 #note https://note.com/1948_/n/n39565e87fd89