私はもう永く本を読んでいた 今日の午後が

雨に騒めきながら 窓によりそっていたときから。

戸外(そと)の風はもう少しも聞えなかった

私の本は重かった

私はその頁をまるで瞑想にくもる

顔のように覗きこんでいた

私の読書の周りには時が堰かれて溜っていた――

すると突然 頁のうえに明りがさした

そしてものおじた言葉のもつれの代りに

夕暮れ 夕暮れ……と頁の到処に書かれているのだった

私はまだ戸外は見ない けれども長い行が

きれぎれにちぎれ 言葉は

脈絡の糸をたたれて 思い思いの方角へ転ってゆく……

そのとき私には分ったのだ みちあふれて

かがやいている庭のうえにひろびろと大空がひろがっていることが。

太陽がもういちど現れなければならないところだった――

しかし いまは見渡すかぎり夏の夜となっている

散らばったものが僅かな群をなし

長い道のうえを暗く人々が歩いてゆく

そして不思議に遠く いっそう意味ありげに

なお起っているわずかな出来事の騒めきが聞えてくる

 

そして私がいま書物から眼をあげると

訝しいものは何ひとつなく すべてが偉大であるだろう

かしこの戸外にあるものは 私がこの内部で生きているもの

そしてこことかしこと すべてに限界はないのだ

ただ 私をもっとそれらのものと織りなせばいいのだ

私の眼がいろいろな事物(もの)に適い

群衆の真面目な単純さに適うならば――

そのとき大地はおのれを乗り超えてひろがるだろう

大地は大空をことごとく抱擁するかと思われ

最初の星は最後の家のようだ

 

 

 

現代抒情詩の金字塔といわれる「オルフォイスへのソネット」をはじめ、
二十世紀ドイツ最大の詩人リルケの独自の詩境を示す作品集。

生の不安を繊細な神経のふるえをもって歌った二十世紀前半ドイツ最大の詩人リルケの詩から、特にリルケ的特徴の著しいものを選んだ。その独自の風格を現わしはじめた最初の詩集『時禱集』から、『形象集』『新詩集』を経て、実存の危機と深淵を踏みこえて変身してゆく人間の理想像を歌って、現代抒情詩の金字塔といわれる『オルフォイスへのソネット』、そして死の直前の詩までを収める。

 

 

 

 

デ・キリコの形而上絵画とリルケの形象詩。