川上弘美『真鶴』読了。

 

12年前に夫の礼は失踪した、「真鶴」という言葉を日記に残して。
京は、母親、一人娘の百と三人で暮らしを営む。不在の夫に思いをはせつつ、新しい恋人と逢瀬を重ねている京は何かに惹かれるように、東京と真鶴の間を往還する。
夫は死にたいと思ったのだろうか。それとも、生きたいと思ったから失踪したのだろうか。遙か下の海では、いくつもの波頭が白くくだけていた。 そして歩いているとついてくる、〝目に見えない女〟は、京に何を伝えようとしているのか――。遙かな視線の物語。
2007年に、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
解説 「私という幽霊――距離にさわる言葉」 三浦雅士

 

性と死は隣り合わせ、という事が昔から言われている。

実際、近年では科学的にもこのことが裏付けられ始めてもいるようだ。

共同発表:“性”と“死”は隣り合わせ?~交尾相手と天敵を嗅ぎ分ける神経回路の構造~ (jst.go.jp)

 

『真鶴』は、夫の失そうという「あいまいな喪失」と、

それに起因する主人公の精神的な病との格闘と克服を描いた作品である。

「あいまいな喪失」というのは、東日本大震災で注目され、

このコロナ禍でも再注目されていた考え方である。

「あいまいな喪失」情報サイト | あいまいな喪失とは (jdgs.jp)

 

曖昧な状況というのは、人をストレスにさらしてしまう。

大江健三郎は『あいまいな日本の私』を書いたが、

「あいまいな日本」はそれだけで人をストレスフルにさせるのだ。

 

 

その意味では、「あいまいな喪失」を描いた本作『真鶴』は、

日本そのもの、古来から連綿と続く日本語や日本社会の曖昧さの中に生きる

僕たち日本人そのものの姿を描いていると言えるだろう。

真鶴、という場所がまた、そういう気分を強くさせるような気がする。

一度電車で通ったことがあるが、あの辺は何か幽玄な、無常な雰囲気を

醸しだしている印象がある。

 

解説で文芸評論家の三浦雅士が

「文学は(「私」という)幽霊を描くものだ」という話をしているが、

これは的を射た指摘だと思う。

「戦後文学はそれを忘れて政治と革命の話に終始してしまった」とも書いている。

この指摘は日本におけるロマン主義の位置づけとも関連してくるだろう。

 

日本の近代文学は、まさにこのロマン主義の受容から始まったと言ってよい。

もちろん、通常の日本文学史では「写実主義」がこれに先立つのだが、

日本の写実主義文学はどちらかというと江戸期の戯作の伝統を継いでおり、

西欧文学で言う写実主義文学(バルザックやフロベール)とは異なるものである。

 

「私」という「幽霊」を描くロマン主義文学(例えば鴎外の『舞姫』)が

日本の近現代文学に強い影響を今なお与えている。

それがやがて日本の自然主義文学≒私小説となっていき、

戦後はその「私」を通じた「政治や革命」を描くことになっていく。

そこに現れたのが村上春樹であり、続く川上弘美の世代であった、とは

三浦雅士も指摘していることである。

 

では日本文学にとって「ロマン主義」とはいったい何だったのか。

なぜそれが大きな影響力を持ち、

ひいては戦争にまで至ってしまったのか(「日本浪漫派」の問題)。

それはまた別に、じっくり考えなければならない問題だろう。