突然わたしにはいろいろ噴水のことが分る
このガラス製の不可思議な樹々のことが。
巨大な夢にとらわれて
甞てわたしが流し そして忘れた
自分の涙のようにわたしはそれを語ることもできよう
では わたしは忘れたのだろうか 大空が両手を
多くの事物(もの)や 群衆の中へさしのべるのを?
わたしはいつも比類ない偉大さを見たのではないか?
やわらかな 期待にみちた夕暮れを背景としての
古い公園の上昇のうちに――見知らぬ少女たちの中から
立ちのぼる色あせた歌声のうちに。
その歌声は旋律からあふれでて
現実のものとなり ひらかれた池に
自分の姿を映さないではいないかのようだ
わたしはただ噴水と自分とに起った
一切のことを思い出せばいいのだ――
そうすればわたしは水を再びそのうちに見た
落下の重みを感じ
下へ向いてのびていた枝々や
小さな焔をたてて燃え上った声や
岸辺の縁どりだけを
たどたどしげに 歪んでくりかえして画いていた池や
炭のようになった西の森から
まったく疎遠になって立ちあらわれ
別の穹窿をつくって くれてゆき
この下界は自分の思っていた世界ではないと言おうとしているような夕空が分るのだ
わたしは忘れたのだろうか 星が一つ一つ石と化し
隣の天体に対しておのれを閉ざしていることを。
さまざまの世界がただ泣きはらしたような眼で
空間のうちに互を認めあっているのを?――たぶんわれわれは
夜毎にわれわれを見上げている
ほかの人間たちの上空に織りこまれているのだ たぶん彼等の
詩人たちがわれわれを讃えているのだ たぶん多くの者たちが
われわれを仰いで祈っているのだ たぶんわれわれは
われわれには決してとどかない見知らぬ呪いの的であり
彼等が孤独に泣くときに われわれの高さのあたりにいると思っている
ひとりの神の隣人なのだ
その神を彼等は信じたり 失ったりしている
その神の姿は彼等の探し求めるランプの中から
生まれた光のように たまゆらに吹き消され
われわれの放心した顔のうえを掠めてゆく・・・・・・
生の不安を繊細な神経のふるえをもって歌った二十世紀前半ドイツ最大の詩人リルケの詩から、特にリルケ的特徴の著しいものを選んだ。その独自の風格を現わしはじめた最初の詩集『時祷集』から、『形象集』『新詩集』を経て、実存の危機と深淵を踏みこえて変身してゆく人間の理想像を歌って現代抒情詩の金字塔といわれる『オルフォイスへのソネット』ならびに死の直前の詩までを収める。