亀口憲治『夏目漱石から読み解く「家族心理学」読論』読了。
漱石が主な作品の舞台を日常的な家庭生活に設定したことは、現代の家族心理学の観点からすれば、危機に立つ家族関係を「外在化」する効果があったと考えられる。…漱石と家族の人生をたどり、現代を生きるわれわれ日本人家族の心の深部に迫る旅。
日本の家族心理学・家族療法の第一人者といえる著者による、
夏目漱石の作品やその家族模様などを素材とした
家族心理学・家族療法の入門書的な本といえるだろう。
日本の家族の特徴として、
著者は「家庭内における父親の影の薄さ」を挙げる。
これは一見意外に思われるかもしれない。
日本の家族といえばまず第一に「家制度」であり、
家父長制であり、天皇を頂点とした「公」(=大きな家)だと、
長い間言われてきたのは確かに事実だろう。
だが実際には、戦前においても、
例えば向田邦子の諸作品におけるように、「父親の影の薄さ」は見出される。
それは漱石作品や彼の実人生における家庭においても同じで、
漱石はこの家庭内における葛藤の中から、
あるいは家庭内の葛藤を作品に反映させることで
数々の物語(ナラティヴ)を紡ぎ出したと言える。
こうした日本の「家族」の在り方について、著者は次のように見る。
家庭での父親の存在感のなさは、個々の父親の怠慢によるものというより、長時間の労働や通勤によってもたらされた必然的な「結果」と考えられるからです。わが国の平均的な父親の在宅時間が欧米と比べて極端に短く、家事や育児にかかわるための最低限の時間すら確保できない労働条件が長時間「常態化」してきたために、個々の父親がワークライフ・バランスに沿ったライフスタイルを選択しようにも、事実上は不可能に近い状態が続いてきたからです。今後は、幼い子どもや学齢期の子どものいる家庭の父親が在宅時間を可能な限り延長することが求められます。この目標を実現するためには、各事業者が勤務形態をさまざまに工夫し、従業員である父親が家事や育児の役割を積極的に担えるように配慮していく必要があります。
ワークライフ・バランスといった働き方だけでなく、LGBTQの同性婚など、
家族のあり方そのものの見直しが迫られている昨今、
著者のこうした提言はますます重みを持ってきているように思える。