岩波明『どこからが心の病ですか?』読了。
健常な状態と心の病との境目というのはあるのだろうか。身体の疾患と違い、精神現象は数値化するのがむずかしい。だが症状や経過にはパターンがあり、ニュアンスを掴むことはできる。青春期に多い精神疾患の初期段階の症状をわかりやすく解説する。
岩波明の著作は既に何冊か読んでいる。
どれも良書だと思うが、
この本も、読みやすく簡潔にまとめられていて、
現在の標準的な精神医療の実際を知るには最適だと思う。
外来を受診した患者の示す症状が、精神的な病気によるものなのか、あるいは本人を取り巻く環境的な要因によって一時的に起きたものなのか、とくに若年の受診者においては迷うことがしばしばあります。現実には、両方の要因が関連していることが少なくありません。
近年、青春期の若者をめぐる社会的、家庭的な環境は、改善しているとは言えませんむしろ状況は悪化しているようにも見えます。
いじめや不登校の問題は、一向に解決に向かっていないようです。むしろ子供たちによるネットや携帯サイトの濫用によって、悪質化している印象があります。この問題の当事者である文部科学省や学校の教師は、解決を放棄しているようにも見えますが、問題が複雑すぎて、彼らの処理能力を超えてしまっているというのが実情でしょう。
トラブルを抱える子供たちは孤立化し、頼るべき存在を失っているのが現在の日本の状態です。彼らの心性は、国際的な調査研究によってより明確になっています。
国連児童基金(ユニセフ)は、二〇〇八年に先進国に住む子どもたちの「幸福度」に関する調査報告を発表しました。この研究は、経済協力開発機構(OECD)に加盟している先進国の十代の子どもを対象としたものです。
子どもの「主観的な幸福度」に関する項目においては、「孤独を感じる」と答えた日本の十五歳の割合は二九・八%と、対象国において第一位で、ずば抜けて高い比率でした。日本に続いて高率だったのは、アイスランド(一〇・三%)とポーランド(八・四%)で、もっとも低いのはオランダの二・〇%でした。
いじめや不登校の問題の延長線上にある、十代後半から二十代以降に見られる「社会的引きこもり」の問題についても同様です。いったんスタンダードなライフコースからドロップアウトした場合、いかに社会復帰することが困難であるかについては、当事者や家族だけでなく、教育、医療関係者も直面しています。
一方、若年者が示すさまざまな問題行動は、周囲の環境的な要因だけでなく、何らかの精神疾患が発症したものかどうか慎重に検討する必要があります。アスペルガー障害などの広汎性発達障害の当事者は集団内で孤立し、いじめにあうことが少なくありません。これは適切な対処で予防が可能な問題です。
あるいは学校への不適応のために生じたように見えた引きこもりが、実は初期の統合失調症やうつ病であるのかもしれません。しかしながら、十台に見られる精神疾患の症状は典型的でないものが多く、診断が難しいケースがしばしばみられます。(「おわりに」より)