四月、1992
君の言葉を聴くために僕は
今日も橋のたもとを訪れる。
川風が吹いて、
夕暮れのサラエヴォは静かだ。
あの時、君の呟いた言葉、
「これがサラエヴォなの?」
という言葉は今、
逆巻く波のようになって全世界へと拡がる。
これが、世界なのか?
これが、世界なのだ。
そして人類は君が
一発の銃弾に命を奪われたときよりもさらに酷く
愚かしく退化していく、
猿になるまで、
猿になるよりももっと遠くに。
あの時、
君はまだ若かった。
そして今もまだ若く、
橋のたもとで絶え絶えの息の中で呟き続けている。
「これが世界なの?」
生まれ年は君よりもなお一層若く、
けれども今では君よりもさらに老いさらばえた僕は
悲しく頷くだろう。
君の夢は今も、
ミリャツカのあの川の上で沐浴をしている。
祷の声は
夕凪となって眩暈をもたらす。
揺らぎ始めた世界を
いつしか織り間違えてしまった綾を、
再び編み直すように。
風にそよぐ紺絣に透けた
まだ見ぬ世界のために。