ドキュメンタリー映画『蟻の兵隊』を観た。
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1945年8月15日、日本中が終戦に安堵する中、
中国山西省では2600名あまりもの日本兵たちが
軍命によって残留させられた。
第一軍司令官の澄田らい四郎中将と中国国民党軍の閻錫山との
密約によって、
「大日本帝国の復興と天業の恢弘」(即ち大アジア主義の達成)と
(隠れた目的として)防共を目的として残され、
戦後10年近くにわたって、帰国も許されず、
国共内戦を国民党軍側の兵士として戦わされたのだ。
その過程で550名余りが戦死している。
内戦終結後俘虜となり、ようやく復員してきた帰還兵たちに、
今度は日本政府が追い打ちをかける。
日本政府は帰還兵を志願兵と見なし、軍人恩給の支給を拒否、
これを不服とした帰還兵たちは国を相手取って裁判を始めるが、
司法はいずれも原告の請求を棄却、
2005年に判決が確定してしまった
(司法が原告の請求を認めてしまうと、
ポツダム宣言違反を認めてしまうことになるためだと
言われている)。
この映画はその原告団の一人で元兵士の奥村和一さんが、
澄田軍司令官と閻錫山の密約を証だてるものを探して、
かつて自分が侵略し罪を犯した大陸へ行く
ドキュメンタリー作品である。
冒頭、所用で靖国神社を訪れた奥村老人が言い放つ一言に
思わず惹きつけられた。
国に取られ、侵略の戦いに出て死んだ人間は神ではない。そういうごまかしは許されない。
靖国神社を、たとえ所用で訪れた際でも参拝しない理由を、
撮影スタッフにたずねられての言葉だが、
気がつけば、今世間では、
このようなごまかしが罷り通ってしまっているような気がする。
それはやはり、今の僕たち日本人が、
先の戦争の実際、特に大陸での戦争の実際を知らないからに
他ならないと思う。
澄田軍司令官と閻錫山の密約を証だてるものを探して
大陸へ渡った奥村老人は、
途中、自らが初年兵の訓練として初めて人を殺した現場を訪れて
線香を手向けたり、
その現場を目撃した人の話を聞いて回ったりする。
その過程で、一瞬日本兵に「戻って」しまう場面があったりして、
戦中の日本の軍隊教育が
今もこの老人を苛んでいることがわかる。
また、かつて日本兵に囚われて輪姦されたと言う老女の話を
聴いたりもするのだが、
その際に、撮影スタッフから、
奥村老人が未だに戦争で人を殺したことを妻に言えてないという
事実を伝え聞いたその老女が、
奥村老人に優しい言葉をかけるシーンが印象に残った。
戦争は勿論、軍隊は人間を破壊していく。
例えばS.キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』などは、
それを克明に描いているし、
また、軍隊は、洋の東西を問わず、国民を利用しさえすれ、
護ってはくれないことは、
C.イーストウッド監督の『父親たちの星条旗』などでもわかる。
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軍隊とは、軍隊そのものを守るのが第一義なのであり、
そうした軍隊の本質が、
例えばアメリカなどではベトナム戦争以降常に存在している
戦争帰還兵の問題によく表れているのだと思う。
また、戦時中栃木県で軍役についていた作家・司馬遼太郎は、
本土決戦が始まった場合、
首都圏の住民たちが大挙して押し寄せると思うが、
その場合、戦車はどのように走らせたらよいかを上官に聴いた際、
「轢き殺してゆけ!」と言われたというエピソードを遺しているし、
旧満州に駐在していた関東軍は多くの満蒙開拓団員を残して
さっさと逃げていった。
軍隊は国民を護ってはくれないし、なんとなれば、
国家だって護ってくれる保証はない。
昭和天皇が2・26事件以降、
日本軍を恐れていた理由もそこにある。
軍隊が国家体制を転覆した事例は世に5万とあるのだ。
軍隊は軍隊自身を護るために、いろんなことを秘密にする。
そうした中で、
事実を求めようとする奥村老人の信念は揺らがない。
終わりの方で、
唯一の生き証人である大隊長?に証言を断られてもなお、
自分の信念を貫く決意を語るシーンには、
現代の知識人はアマチュアたるべきだ。
というE.サイードの言葉を連想した。