ニコラ・フィリベール監督のドキュメンタリー映画

『音のない世界で』を観た。

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フィリベール監督のドキュメンタリーを観るのはこれで4本目だ。

先頃亡くなったジャン・ウリが長年院長を務め、

フェリックス・ガタリが生涯関わり続けたラボルド精神病院での

取組の様子を捉えた『すべての些細な事柄』、

フランスの田舎の小学校の様子を捉えた『ぼくの好きな先生』、

かつて『ピエール・リヴィエールの犯罪』(原作はM.フーコー)という

映画で関わった仏ノルマンディー地方の人々を訪ねる

『かつてノルマンディーで』など、

いずれも素晴らしいドキュメンタリーだったが、

この『音のない世界で』もまた例に洩れず、出色の出来だった。

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『音のない世界で』は聴覚障碍者たちの日常を捉えた映画である。

冒頭から4人の聴覚障碍者による「アンサンブル」で始まるのには

少々面食らわされたが、

前述の3作と同じように、全編BGMなし、

純粋に会話や生活音だけで構成される画面は美しかった。


耳が聞こえない、ということを、

健聴者である僕らは普段、感覚として、

なかなか理解できていない。

しかし、聴覚障碍者にも当然のことながら人生があり、

就学や就職や結婚、出産といった

それぞれのライフイベントにおいて、

様々な喜びや悲しみや苦しみがあるのは、

考えてみれば当たり前のことだろう。

が、普段の僕らは、相手が「障碍者だ」ということだけで、

彼らを、何か特殊な存在のように見なしているところがある。

そうした障碍者への偏見差別は日本でも仏でも大して違いはなく、

実際、この映画の中でも、ある中年女性の子どもの頃の話として、

障碍を理解できない彼女の両親によって精神病院に入れられた

というエピソードが出てくる。


一方で当の聴覚障碍者の方はと言えば、

もちろん中にはそうでない人もいるのかもしれないが、

健聴者に対するそうした偏見や差別はあまりなく、

この映画に出てくる、

聴覚障碍の子どもを持つ保護者向けの手話講座を開く

男性のように、

わりとオープンマインドな人が多いように思う

(もちろん偏見や差別に対する反発心は多くの人にあるが)。

彼曰く、手話はお国柄によって多少異なるが、

手話を解する聴覚障碍者同士なら2日もあれば

お互いの意志を通じ合わせることができるようになる、と言う。

有声の言語はその意味ではまさに障害であって、

少なくともこの方面では、「健聴者」は「障碍者」なのかもしれない。


この映画に出てくる結婚式や部屋を借りるシーンでのように、

聴覚障碍者は様々な場面で、日常的に、

自分の「障碍」を否応なく突きつけられている。

聴覚障碍者に限らず様々な人が、日常的に、

「障碍」を「障碍」と感じることがないような社会、

最近の用語でいえば「インクルージョン」な社会が

早く実現できればいいと思うし、

そのためには何が必要か、ということを考える。