えんじゅです。
ずっと読んでいた池澤夏樹さんの長編
『マシアス・ギリの失脚』をようやく読み終えました。
マシアス・ギリの失脚 (新潮文庫)/池澤 夏樹
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面白かったビックリマーク


ナビダード共和国(ガラギラグラ群島)という
南太平洋に浮かぶ架空の島国を舞台に描かれた、
一つのアジア近現代史ともいうべき

「柄の大きな小説」(解説;菅野昭正さん)で、
どこかの国の元首相を想わすような主人公マシアス・ギリ大統領や、
瀬島龍三、五島慶太といった人たちを想わせるフィクサー、
それにマシアスを取り巻くさまざまな女たちや、

亡霊、同性愛の白人二人組といったミステリアスな人物も配しながら、

島を訪れた日本人慰霊団を乗せたバスの突然の失踪から

第4代ナビダード共和国大統領マシアス・ギリが失脚するまでを描いた、

一種の「全体小説」といえるでしょう。


それゆえ、解説で文芸評論家の菅野昭正さんが書いてるように、

いろんな側面から読める小説だと思いますが、

ほんの少しだけ付け加えるとすれば、

ひとつは「ナビダード共和国」という島国の構造について、

もうひとつはこの小説が持つ文学史的な意味合いについて、

といったところでしょうか。


まずは前者について。

菅野さんも解説で少し書いていることですが、

「ナビダード共和国」は3つの島から成り立っています。

すなわち、メルチョール(精神的、宗教的な次元)、

ガスパル(政治的、軍事的な次元)、

バルタサール(経済的、生産的な次元)がそれで、

それぞれ、( )内の役割に対応してるような構造になっています。


これは、僕にはあたかも、

フランスの比較神話学者、言語学者のジョルジュ・デュメジルが

提唱していたという、

神話の「三機能体系」説を思い起こさせます。


ジョルジュ・デュメジル

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%82%B8%E3%83%AB


デュメジルはフーコーやレヴィ・ストロースといった

いわゆる「構造主義」の学者たちにも大きな影響を与えたとされる

言語学者ですが、ヨーロッパからインドにかけて、

いわゆるインド=ヨーロッパ語族の神話を比較研究する中で、

そうした神話に現れる神々が、

だいたい3つの機能に分類されることに気がつきました。


3つの機能とはすなわち「神聖性」、「戦闘性」、「生産性」ですが、


http://aritsuhiko.blog36.fc2.com/blog-entry-23.html


これはその後、デュメジルの説を検証する中で、

ほぼ世界中の神話に共通して見られる傾向であることが

わかってきたそうで、

日本では吉田敦彦さんらがこの説を基に研究を進めてるようです。


解説で菅野さんも『マシアス・ギリ~』の、

小説としての円環的な構造について触れていますが、

僕たちの世界(神話)が

こうした3つの機能の上に成り立っているのだとすれば、

それもごく自然なことなのかもしれませんし、

だとすれば『マシアス・ギリ』は世界(神話)の縮図であるといっても

過言ではないように思います。

作者・池澤さんの脳裏にこのことがあったかどうかわかりませんが、

とりあえず、僕にはそう読めました(;^_^A


後者について。

小説のラストで、物語とも深く関わってくるケッチとヨールの、

同性愛の白人2人組の会話が出てきますが、

これがひとつの物語論、あるいは戦後論としても読め、

その意味で、三島由紀夫の遺作となった『豊饒の海』4部作、

特に第1部『春の雪』で繰り広げられている議論に対する

一つの応答であるように僕には読めました。


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『豊饒の海』は、

「戦後のすべては虚しい夢であったかもしれない」というような

感触を与える作品だといわれますが、

この『マシアス~』はそうした見方に真っ向からNOを突きつけ、


「いや、ぼくたちにとってあれ以上の真実はない。敢えて言えば、無数の事実と真実の中から、ぼくたちはああやって夜毎語ることであの事実あの真実を選び出したんだ。(中略)誠意をもって語られた真実はすべて同等の価値を持つ。」


とケッチに語らせます。


まるでドゥルーズとガタリが引用していたフランスの映画監督、

ジャン・リュック・ゴダールの言葉、


「正しい観念ではなく、ただ一つでも観念があればいい」


を思い起こさせるような言葉だと思います(*^.^*)

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池澤さんは最近、個人編?の、独特な世界文学全集も出しましたが、

その中にも所収された

アメリカの小説家ジョン・アップダイクの『クーデタ』に、

この小説は明らかに(内容的に)影響を受けているのでしょうし、

土俗的な風土を描くという意味では

『百年の孤独』で知られる南米コロンビアの小説家ガルシア・マルケスや

アメリカのノーベル賞作家フォークナーの影もちらつきますが、

作中でも言及されるように、この作品はなにより、

『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』を重要なモチーフとしています。

実在の権力者ハールーン・アッラシードのエピソードをはじめ、

暴君をいさめるために使わされたシェヘラザードが夜毎繰り広げる

夜伽話のように、夢とも現実ともつかない魔術的な空間が、

南洋特有の倦怠感と相俟って、

なんとも心地よい作品空間でした(*⌒∇⌒*)

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