小石川にあるこんにゃくえんま。正式名は源覚寺。、寛永元年(1624年) に建立されたという歴史あるお寺です。
こんにゃくをえんま像に備えると眼病が治るという言い伝えがありまして、たくさんのこんにゃくがお供えされています。
場所は小石川というより春日ですね。地下鉄春日駅から歩いて1分。えんま通り商店街というローカルな(そして小規模な)商店街の端にあります。


この近くにおいしいお豆腐屋さんがあって時々買いにくるのですが、最近、このこんにゃくえんまに、海軍関連の史跡があると知りました。

海軍飛行予備学生十四期の碑

源覚寺の住職さんが太平洋戦争時は慶応大学に通う大学生で、海軍飛行予備学生十四期として海軍で偵察搭乗員となっていたのです。その住職さんは戦争を生き抜き、住職になったわけですが。多くの同期が特攻戦死しています。予備学生十四期は、飛行訓練終了して実戦経験せず、すぐ特攻隊指名される人も多かったのです。沖縄や南方諸島へ特攻出撃している人が多いです。
そのことについては「ペンを剣にかえて」でこのブログでも書いていますので、参考にしてみてください。

 

 

説明版と、碑、そして旗がたなびいていました。
こんにゃくえんまに予備学生の碑があるなんて知らなかったなあ・・・。Wikiにも書いてないし。
「ああ紅の血は燃ゆる」という学徒動員の歌も掲示されていました。
この歌、YouTubeで聞いたみたのですけど。哀しいメロディでしたなあ・・・。
「国の大事に殉ずるは われ等学徒の面目ぞ」
って歌ってて・・・。
切ないですのう・・・。

汎太平洋の鐘

こちらはWikiでも説明されている。
もともと元禄3年(1690年)に作られたこのお寺の鐘だったそうですが、昭和12年(1937年)に当時日本領だったサイパンの南洋寺に移されて、サイパンの人々に時を告げる鐘として使われていたということです。
太平洋戦争の混乱の中で、この鐘は行方不明だったのですが。1965年にアメリカ・テキサス州で発見されて、1974年に返還されたたそうです。
この鐘には現在近寄れないようになっていますが。近くでよく見ると、銃弾らしい穴が幾つかあいています。サイパンの激しい戦闘の中で、この鐘も撃たれたのでしょうねえ・・・。

南洋群島物故者慰霊像


サイパンといえば、玉砕という言葉が出てくるほど、激烈な戦闘が行われ、民間人を含めて多くの日本人が命を散らした島。

サイパン周辺の島々でも、悲惨な戦闘が行われていました。サイパンや南洋群島で亡くなった方々を追悼するための菩薩像だそうです。
足元に貝殻がたくさん置かれています。南の島を象徴しているのでしょうか。
こんな東京ドームからほど近い場所に、サイパンゆかりの戦跡があるとはねえ・・・。合掌。

こんな街中の、人がたくさん行き交う中に、恐ろしい戦争の史跡があるとは知りませんでした。

このあたり、古い家はどんどん取り壊されていっていて、高層のマンションが建設されまくっていますが。
どうか、こんにゃくえんまがずっと存在して、予備学生の慰霊碑やサイパンの鐘や菩薩像がずっと在り続けますように。

 

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