猛暑の夏 台風に翻弄されたお盆休みもようやく終わりました。
15日は敗戦記念日、老人ホームにお世話になっている父との会話です。
その日、父はいつものように勤労動員さきで山にトンネルをほり、
仲間の持っていた携帯ラジオで、玉音放送を聞いたそうです。
放送が終わって、誰が何を言うでもなく作業は流れ解散
翌日からはもとの中学に登校 授業が再開されたようです。
今93歳の父は中学3年生、昔の記憶を繰り返しはなすのは、一緒に働いて
いた朝鮮半島から徴用された人達の気の毒な労働環境と大陸の戦線から戻って
きた兵隊さんたちの自慢話の多少誇張があるにしても酷い内容です。
熊本大空襲の翌朝には市内に一人暮らしの祖父を探しに入り、半焼けの遺骨を焼け
残った洗面器に拾い集めたこと 15歳の心には深く深く刻まれているのでしょう
父は、山の上から長崎の原子爆弾の雲をみています。ラジオからはアナウンサーが
「長崎の皆さん、がんばってください」と連呼していたことも以前話してくれました
もう数ヶ月戦争が長引いていれば、秋には父は海兵を受験することになっていて命は
なかった それが当たり前だと思っていたそうです。
体験を話す人達が居なくなってしまいます つい80年前の出来事です覚えておかなくては