昨日は旦那さんの用事に付き添って京都へ行って来ました。
2時間ほど単独自由時間が出来たので…観光だ!!
目的地は方広寺。
関ヶ原の合戦の原因になった豊臣家由来の鐘楼を見に行きたい!!

デカイ。ひたすらデカイ。
四天王寺の大鐘が第二次世界大戦で供出されて無くなって以降、現行日本で1番大きい梵鐘!!…と思っていたんだけど、ブログを書くに当たって調べてたら高さなど寸法には昭和51年に熊本、蓮華院誕生寺で新調された梵鐘の方が大きいらしい。(37.5トン)
しかし、重さは方広寺の方が大きい。82.7トンもある。

撮影だけして後で読もうと思ったら…ボケてて読めない
最悪
「どうする家康」にハマっていた旦那に鐘の画像を送りつけたら後々「行きたい、見たい、うらやましい」と言われまくったので、また再訪するかもしれないから、その時にはリベンジしたい。

これが関ヶ原の合戦の原因になった「国家安康」「君臣豊楽」の銘文。故意にか?家康の文字を分けて家康の怒りを買ったやつ。
82.7トンもある鐘をどうやって吊ってあるのか気になったので覗き込んでみたら、鐘楼堂に天井画があった。
天井があるだけでも驚くのに (音を響かせるため天井がないのが普通)、
敦煌石窟風の天井画が描かれていてまたビックリ。
これは東福寺の三門天井画によく似ている。
(天人、迦陵頻伽がモチーフなのもさることながら、色使いが象徴的)
屋外なのに状態が良いのにもビックリ。

実は方広寺に来たかったのは梵鐘だけではなかった。
東寺の本堂が方広寺の大仏殿をモデルにして建てられたというから、興味があった。
が…
現行の方広寺には大仏はもうない。
大仏建立をした豊臣秀吉。6丈仏(18m超)という最大の大仏を建てるも地震で倒壊。
怒った秀吉は東大寺大仏の眉間に向けて矢をいったという逸話もある。

中には当時の10分の1サイズの毘盧遮那仏が安置されている。
とてもじゃないけど、大仏殿があったようには思えないほど小ぢんまり、ひっそりした住宅街で、歴史を感じてました。
方広寺で歴史探訪はあまり人もおらず満足度が高かったのですが…
その後、まだ時間があったので
清水方面に登ってみたら…
古き良き日本らしい場所が
景色は日本なのに外国でした。
日本語喋ってる人を見つけるのが難しい。
日本語喋っているのは店員さんくらい…かと思いきや
三年坂、二年坂のあたりは店員さんもカタコトの人がいる💦
インバウンドだ、インバウンドだ!!って観光産業に力を入れた結果?
日本らしい風景の芭蕉布が外国のようになっただけではなく、
民家店舗が居抜き物件になって老舗が撤退してるよね。これ
映画版の「きのう何食べた?」に出てくる景色も映画では写ってない外国の人だらけ。

これで良いのか?不安になった。
で、今回の目的は老舗で踏ん張ってはる
竹箸のお店に行くことでした。↓(かめやまさん)

あと、ビックリするのは
外人さんの見た目。洋服で判別できない。
ちょっと前までなら中国の人とか分かりやすかったのにもう分からん。
何なら道行く日本人のほうが地味で貧相だったりする。


ちょっと前までなら
季節に合わない着物とかハデハデなんちゃって着物を着てた外人さんが
成人式レベルの振り袖や
日本人が七五三で家族で着るレベルの着物を一家でレンタルしてたりする。
着物を着てる人ほぼ100%外国の人。
人は多いし
右側通行とかそういう日本の基準が通用しないので、人にぶつかりそうになるし、
ちょっとしんどかった。
これだけ混んでるのに外国の子どもが食べながらものすごいスピードで走ってたし…
『清水で転んだら3年治らないぞ!!』思うも、そういう迷信も通用しないんだろうから、しんちょうに

日本の文化って…
帰宅してから知人とお話ししてたら「金閣寺も外国だった!」ってさ。
もうメジャーな観光地行きたくないよ。
きっと嵐山も同じような感じなんだろうな。
お昼を清水方面で食べようかと画策してたけど、ちょっと入れなかった(-_-;)