「好き」に程度も何もいらないでしょう。どれくらい好きだから、とか、それくらいしか好きじゃないのなら、とか、好きなのかもわからない、この感情はなんなんだろう、とか、きっとこれくらいの気持ちしかないなら、「好き」じゃないんじゃないか、とか。好きと言う感情がある一定のボーダーラインを超えないと好きと言ってはいけないとか、そんなものはなくて。むしろそれでいいのではないかいや、それがいいのではないか!と思う。
人はすぐ、色々な現象に名前をつけたがる。それはきっと、同じ気持ちの誰かと共感したいからなのかな、と思う。
でも、言葉で括ったとしても、誤差はあって、私とあなた、ここは同じ気持ち。でもここはこうだけど、ここは違う、みたいな、完全に一致なんてしないと思う。いや、いや、一致なんてさせてたまるものか。わたしだけの、わたしだけにしかわからない感情。共感なんぞ、求めない。それに名前をつけて誰かの考えと一体化してしまうなんて勿体無い。既に名前を持った感情や感覚だけで生きていくなんてつまらない。名前にもならない曖昧で、簡単に解釈できない特別な、そんな感情を、白でも黒でもない、グレーな感情を、1番大切にしたいのです。