最近、ショッピングモールに行ったり
SNSでファッションの情報を仕入れたり
私の頭の中に
様々なファッションの情報が入り始めました。
ちゃんと最新のファッションに目を向けると
自分の手持ちのアウターが、流行遅れなのか…?
と感じました。
何年も買っていないので
流行遅れなのは、確かですが。
でも、ここ数日で
春物の新作ファッション情報を見たら
「あれ、私が今持ってるのと変わりない!」
と気づきました。
もちろん
微妙なサイズ感とかは違うと思いますが
何も、新しいものを買う必要ないじゃーーん![]()
と、安心しました。
SNSで、最新の情報は手に入るけど
一方で、その情報に振り回されているような気がする…
っていうことは、みなさんも感じたことがおありではないか
と思います。
SNSには
幸せそうな人々の自慢で溢れていますね。
病気をした自分にはない幸せ…
いいな…
私にはもう……
どうせ、私なんて……
みたいな心境になったことは
一度くらいはあるのではないでしょうか。
でも、最近思うんです。
そもそも、その幸せな姿は
ちょっと、盛っていたり
虚構の姿だったりすることも。
そして
別に盛ってなかったとしても
私にはない、他の苦しみを抱えてることもあります。
て訳で
人がどう見えようが
自分が世界一不幸なんて思わないことも
大切だと思います。
SNSって意外と
心に及ぼす影響が多いので
注意深く付き合う必要がありますよね!
線維筋痛症のSNSは
SNSは、とか言って
線維筋痛症に関しては
アメブロしか知らないんですけど語ります。
最近のトレンドは
バキバキの精神疾患をお持ちの方々による
「難病」「障害者」「車椅子」
「患者の望む治療を」
「寝たきりでもわかってください」
などの、啓発というかデモですね。
ただ、本来は
この方々(精神疾患など、他の疾患がある)は
線維筋痛症ではないです。
線維筋痛症の本来の意味は
「他に異常が見られないのに、痛みがある」
です。
今は、線維筋痛症学会が血迷っているため
このような
明らかに検査による異常が見られる方々にも
「二次性線維筋痛症」という形で
診断がついているようです。
そのせいで
バキバキの精神疾患をお持ちの方が勘違いして
「この痛みは線維筋痛症だと思う…」
とセルフ診断してる、二次災害のような状況も見受けられます。
そして、
ブログランキングの上位にいる人達は
このタイプの方々ですね。
この方々のブログがよく読まれているってことは
こういう方々で多数占められている
ってことだと思います。
そんで
線維筋痛症をある程度治した方は
(もち、一次性のほうでww)
この方々と一緒になって
「線維筋痛症は…」と語るのがアホらしくなっている
と私は思います。
(私もアホくさーと思ってますw)
だから、線維筋痛症ブログに
まともな人がほとんどいないのだと思うのですが
「身体が痛い」=「線維筋痛症!?」
でアメブロにたどり着いた方々が最初に目にするのは
「難病」「障害者」「車椅子」
「患者の望む治療を」
「寝たきりでもわかってください」デモ
になっちゃうんじゃないでしょうか。
患者レベルの大幅な低下
まず、言っておきたいのが
「一次性線維筋痛症で
まともな患者さんが
適切な患者教育を受けた」
場合で統計を取ると
おそらく
半数か半数以上の方が
激痛の時期は抜けられる
……ような気がします。
(
私が見てきた感じ)
これは、ただの第1ステージです。
寛解は、もっと先の話で
患者レベルとしては、もっと上の話ですね。
だから
適切な基準に基づいて
一次性線維筋痛症の診断をつけたなら
半数の患者さんは
少なくとも激痛の時期は抜けられるんです。
(
私が見てきた感じです)
でも、この半数の中には
プライドが高すぎて、治療が進まないタイプ
とかも潜んでいます。
なのに!
今は
この第1ステージのみをクリアできた人たちも
アメブロでは、何やら一握りの優秀な患者さん
という立ち位置になってしまっていますね。
精神疾患をこじらせ、他責で
自主的に治療が全くできない
二次性線維筋痛症の患者さんで溢れているから。
だから、
第1ステージをクリアしたという
ただ、それだけなのに
プライドが高すぎる人たちが
マウントを取るという事態になっているのです。
もう、全部がめちゃくちゃ。
患者さんのレベル、下がりまくり。
運動ができたとしても
プライドが高くて、周囲に迷惑をかける患者さんは
病院からもさじを投げられる可能性があります。
この段階の患者さんも
寛解を語っているケースがあり
「線維筋痛症が治るって、なんだろなー?」
と訳がわからなくなってきました。
振り回されて、損をするのは一次性の患者さんだけ
こんなカオスなアメブロ線維筋痛症界。
一次性線維筋痛症の方が参考にするには
とても危険だと感じます。
まず
「痛くて痛くて仕方がない」状態だと
「助けてください」状態で、ブログを読みますね。
これは、助けてください
とすがる、一種の依存状態だと思います。
これは、御本人が、依存や他責の資質
ということではなく
誰でも最初は、「助けてください」から入るので
当然のことですね。
先が見えなくて、手がかりを掴みたい。
誰かにすがりたい。
毎日が苦しすぎて、当然ですね。
そのすがった先が………
メンタルクレイジー系の方々による
「難病」「障害者」「車椅子」
「患者の望む治療を」
「寝たきりでもわかってください」デモ
だったとしたら…
「難病」「障害者」「車椅子」
「患者の望む治療を」
「寝たきりでもわかってください」コース
に突入してしまうかも。
本人の意志が弱ければ。
でも、先程言ったように
適切な患者教育を受けて、本人がまともであれば
数年以内に、激痛を抜けられる可能性が
半分あるんですよ。2人に1人。
(
ふうこ調べ)
それなのに
「難病」「障害者」「車椅子」
になる必要、あります????
どう考えても、無いですよねww
だけど
この「他責」「依存」コースで
「線維筋痛症」や「医療」を「敵」とみなし
仲間と共に
「難病」「障害者」「車椅子」
「患者の望む治療を」
「寝たきりでもわかってください」デモ
を行うって……
めっちゃ気分がいいと思うんですよね。
ブログに時々つく変なコメントとか
最近のドキュメント番組からも
一種の陶酔を感じるんですよね。
「難病になっちゃいました」
と言いながら
実は楽しそうだし、陶酔しきってるって感じ。
この沼にどっぷりハマったら
抜け出すのに、時間がかかりそうです。
だって、本人は
それが正義だと思っているから。
正義だと思っているけど
実は現実から逃げているだけなんですけどね。
冒頭の
私のファッション話であれば
SNSに振り回されて
収入も大してないのに、アウター買っちゃった!
とかなら
あちゃー、失敗したぜ!
で済むんですが
こっちの失敗は
年数が長引けば長引くほど
最初に望んでいた
「難病」「障害者」「車椅子」
の夢に、どんどん近づきます。
「難病」「障害者」「車椅子」
に近づくことは、簡単です。
数年ゴロゴロしてたら、夢が叶うかもしれません。
だけど、
数年ゴロゴロして
さんざん身体機能が落ちまくってから
「あれ、実は運動さえしていれば
歩けるようになったんじゃ!?」
と、賢い人は気がついちゃうんですよね。
(賢い…のか…?)
「私はこの数年、なんで騙されていたんだ!」
「もう手遅れかも!」
と気がついたときの
衝撃と絶望ったらないと思うんですよね。
「難病」「障害者」「車椅子」デモを楽しむだけで
何の疑問も持たずに一生いける人はいいんですが
(ある意味幸せなまま一生を終えられますね)
そうじゃない場合
気がついたときには、身体が手遅れ
ってこともありますね。
だから私は、当たり前のことを言ってます。
「動きましょう」「運動しましょう」
これは、まともな病院で、当たり前に言われることです。
アメブロでは
これが通じない世界になっちゃってるんだから
まじで、ヤバいと思います。
で、一次性線維筋痛症の賢い人が
「私は、なんで騙されたんだ!
自分の足で歩きたかった……」
って思いますよね。
もう、自分の足で歩けないし、好きな場所にも行けない。
好きなことをするにも制限がかかる![]()
で、二次性線維筋痛症でメンタルこじらせ系の人は
「難病」「障害者」「車椅子」で
普段は家族や周囲に何でもやってもらうけど
好きなことをするときだけは元気になって
やりたい放題です。
(こっちはメンタルの病気ですからね)
- 障害年金をもらって
- みんなに支えられて?
- 好きなことだけやって
- リハビリはしないで
- 症状が辛いときは泣いて
- 障害者の権利なんだか我儘なんだかわからないけど、周囲を盛大に巻き込み、やりたいことは全部叶える
でしょう。
一見楽しそうな
アメブロ線維筋痛症界の現状を
真に受けて、損をするのは、
一次性線維筋痛症のみです。
「難病」「障害者」「車椅子」の発信をしている人たちは
ほぼ
バキバキの精神疾患の二次性線維筋痛症です。
もう一度言いますが
本来は線維筋痛症じゃないんです。
それなのに
線維筋痛症代表のように語ってます。
ハッキリ言って
無茶苦茶、タチが悪いです。
違う病気なんですよ!
違う病気の人の言う事を真に受けたら
そりゃえらいことになりますね。
誤解してほしくないんですが
精神疾患というのは大変なことだと思います。
私の身内も精神疾患を経験しています。
今は寛解していますが
弱音を吐かないタイプなので、当時は見てるこちらも辛く
私が精神疾患だったら、寛解まで持っていける自信はありません。
精神疾患に向き合って、社会の偏見もありながら
特に社会復帰までされている方々、本当に素晴らしいと思います。
精神疾患で二次性線維筋痛症の診断がついても
静かにしている方、常識がある方、
他責でなく、努力を積み重ねて克服された方
沢山いらっしゃるでしょう。
一方、
一部のアメブロでよく見かけるタイプの人は
精神疾患そっちのけで
線維筋痛症!難病!車椅子!障害者!
と言って
あんなに、暴れるのか。
その行動から、色々答が見えてくると思います。
このタイプの方々は
線維筋痛症が謎っぽいのをいいことに
(実際は「検査で何も異常がないけど痛い」ってはっきり言ってるんですけどね)
精神疾患でも「線維筋痛症がメイン」のように言ったり
(二次性の意味は……?)
「線維筋痛症には◯◯の症状もあります!」
と患者で独自の理論を展開したり
やりたい放題です。
線維筋痛症は
症状の何でも屋ではありません。
症状を何でも受け入れるゴミ箱でもありません。
線維筋痛症を盾にすれば、何でも通ると思ってますよね。
SNSで宝物の出会いもありますが
見る目を養う必要があると思います。
アメブロ線維筋痛症界の場合。
誰の意見を参考にするのか。
自分はどうなりたいのか。
それを踏まえて、指針を決めたほうが
良いと思います。
歩けなくなってからでは、遅すぎです。
※私は他に疾患がない一次性の線維筋痛症でしたので
一次性の線維筋痛症の内容であることをご了承ください。
私が最も伝えたい
慢性疼痛の治癒の妨げになる椎間板ヘルニアの概念
(脊柱菅狭窄症などの、神経が圧迫されて痛い説も同様)
私が見てきた範囲では、メインの疾患に目を向けず
二次性線維筋痛症に現実逃避していて
人間的に素晴らしく聡明な方はいませんでした。
