こんにちは、香澄真樹那です。 今回はAmebaブログの投稿ネタからの記事になります。 今回選んだ投稿ネタは「好きな戦国武将」になります。

 

好きな戦国武将と言っても1人に絞り込む事はかなり難しいですが、本当に1人に絞り込むとすれば武田信玄になりますでしょうか。 人物の見た目とかヴィジュアルだけで言えば上杉謙信になるのですが、政策面の所であったり武田信玄が生きていた時代に作られた信玄堤で令和時代になって度々発生している豪雨から山梨県や甲府市を守ったりと言う所が凄いのかなと思っています。 信玄堤が500年後の未来まで見据えて作られていたと言うのを考えると本当に尊いですね。 「人は石垣、人は城…」の言葉も昭和時代の中小企業の社訓では良く使われている物であると私の親世代の方に言われていました。

 

私はと言われると時代行列の世界と縁を持ったきっかけは実は武田信玄を主役にした時代行列である「石和川中島戦国合戦絵巻」になります。 今の私の衣装体験や変身体験の活動を見ているととてもそのように見えないのですが、元々は男役で参加していました。 その時代行列、厳密に言えば合戦絵巻になりますが、その祭の存在を知ったのは2001年の初め頃になります。 実際に参加をしたのは2002年から2005年の4年間でしたが、この当時では1年に1度山梨県に行って歴史好きの趣味の方との交流をする事が楽しみでした。

 

 

こちらの写真は2004年の「石和川中島戦国合戦絵巻」の物でしたが、この時は武田軍観光隊と言う形で武田軍に配属されての物になりました。 甲冑は大将の物でしたが、特定の武将の名前が付いていると言う訳でもない形になっています。 今、思えばこのような事をしていた時代もあったのですね。

 

「石和川中島戦国合戦絵巻」への参加から卒業した時にしばらく山梨県に出掛ける事が無くなりましたが、夫と出会って結婚してからは、近場の旅行と言う事で山梨県を選んでいる事が多くなって現在では京都府とほぼ同じくらいに良く行っている場所になっています。 まさか山梨県に何度も旅行に出掛ける事になろうとは10年前では思いもしませんでしたね。

 

山梨県への旅行をしている時には何処かに観光をしようと思って観光をしていると武田信玄と縁のある神社や寺院と言う感じで色々と巡るようになって、そう言った神社や寺院では御朱印も頂きますのでその時にも神職の方や僧侶の方に地元の偉人である武田信玄の話をされる事が多くて興味があって聞く事も多いですが、武田信玄が山梨県ではとても尊敬されている人物であるのかなと言うのが再発見する事が出来ました。

 

武田信玄が主役で参加型の時代行列で有名なのは「石和川中島戦国合戦絵巻」ですが、武田信玄が主役の時代行列と言われると有名なのが「信玄公祭り」になります。 それを見物と撮影の側(参加者ではない側)で行ってみたいですが、その時期に休みを取得する事が出来ないので見物する事自体が夢の世界となっています。

 

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