Netflixでついに、POSE(ポーズ)が公開された。ゲイの友達の家で一話を見てからずっと気になっていたので、とても嬉しい!POSEをより深く鑑賞するにあたって、先に見ていた方が良いドキュメンタリーがある。
それは言わずもがな、「Paris is Burning(パリ、夜は眠らない)」だ。

 

「Paris is Burning」は1991年、NYのゲイカルチャーの中でもユニークに発達を遂げた「Ball」、ボールカルチャーについて記録したドキュメンタリーだ。POSEだけでなく、Rupaul's Drag Race(ルポールのドラァグレース、以下RPDR)もこのボールカルチャーがベースとなっている。この辺りについて日本語で語っている記事があまりなかったので、試しにこの投稿を書いてみることにした。

・ボールとは?
ボールとは、ゲイやドラァグクイーンがカテゴリーごとに装い・メイクアップ・態度をばっきりと決めて優勝を狙う大会のことだ。ボールにはカテゴリーがあり、例えば「エリート会社員」「5番街を散歩する夫人」「ニュースキャスターのお姉さん」など多岐に渡るが、このカテゴリーにそってどれだけ「本物っぽさ」(Realness)を演出できるかにより勝敗が決まる。おそらくここで重要なのは、先程例に上げたカテゴリーはアメリカでも一部の、当時の社会的背景に沿ってより正確に言えば、白人でお金持ちの、選ばれた人間しかなれないキャリアの映し出しであることが多い。



・「本物っぽさ」(Realness)について
私はRPDRのシーズン10で、Monique Heart(モニーク・ハート)が「黒人で、ゲイだなんて許されないのよ」と泣きながら語っていたシーンを思い出したのだが、80-90年代は今よりもいっそう風当たりが強かったのだと思う。それは想像を絶するほどに。
POSEの1話、デイモンが自信がゲイであることが父親にばれてベルトで殴られ、家から追い出されるシーンがあった。直視するもの辛いシーンだったのだが、一緒に見ていたゲイの友達は「でもこれが現実だったんだよ」とつぶやいた。ゲイとして、社会から異端として孤立した存在。そんな自分でも、装いや振る舞いをキメれば、何にだってなれる。エリート社員にだって、5番街の婦人にだって。それが「本物」(Realness)であり、人々がボールに集まる理由だったのだろう。

・ハウスについて
RPDRにも数々のハウスが登場している。Davenport、O'Haraなど、「あれ、この人たち同じ姓がついている?」と思ったことがあるだろう。当時のゲイの中には、実の家族から認められず、勘当されたり、追放されて行くあてもなく公園で寝泊まりする若者が多かった。ハウスはそんな彼らを迎えて衣食住の世話をし、メイクアップの仕方を教え、文字通り家族として機能していた。
そしてそのハウスのリーダーをマザー、母親と呼ぶ。RPDRシーズン5でRoxxxy Andrews(ロキシー・アンドリュース)が3歳で母親に捨てられたことを告白した時、ルポールは「私たちゲイは家族を選べる」と言った。社会的な風当たりが強いからこそ、ゲイコミュニティは結束し、家族となる。このハウス制度によって、数々の若いゲイの人生が救われたに違いない。

・ヴォ―ギング(Vougueing)について
ボールで競うのはファッションだけではない。ヴォ―ギングのルーツは1930年代の社交ダンスだとも。古代エジプトのヒエログリフ(象形文字)だとも言われているが、ゲイ・カルチャーの一部として確率されたのは1960年代のハーレムのボールシーンだという。ボールで競争相手を威嚇するために、またはジャッジにより自分を印象づけるために始まったという説が有力で、ブレイクダンスのごとく、ヴォーギングを通して自分の主張を周囲に伝える強力な表現方法だ。マドンナのMVに出演したWilli Ninja(ウィリー・ニンジャ)は、「Paris is Burning」の中でこう言っている。

「僕の好きなムーヴは、コンパクトで化粧するみたいに手を動かしたあと、鏡を相手に向けるんだ。そこで、鏡にも映せないような顔だよ、アンタ!って見せつけてやるんだよ。」

ちなみにNinjaのハウスも存在しており、現在はBenny Ninja(ベニ―・ニンジャ)が筆頭となて活動している。私はまだYoutubeでしか見たことがないが、所作・動作がとても美しいので、いずれぜひ生で見てみたいと思っている...!

さて、今回はボールカルチャーについて語ってみた。今日の言葉は、POSEの1話でボールのMCをしているPrayが言ったこの一言。

Cry more, pee less!
たくさん泣けば、オシッコが少なくて済むわよ!


困難に打ちのめされて、泣いて泣いて途方に暮れた時に思い出したい言葉だ。