今日の聖句:テモテ第二2章 15節 | 持続可能な社会の追求

持続可能な社会の追求

1912年5月脳梗塞を患い生死の境を彷徨う。一命は取り留めたが、左半身麻痺発声障害精神障害(高次脳機能障害)と診断される
将来の夢は「エコビレッジ建設
よく読む本は
人間の進化に希望を持ちつつ、持続可能な社会の仕組みを考えています

今聖書アプリを開いたら、「今日の聖句」ということで上記の箇所がポップしてきた。

「あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない練達した働き人になって、神に自分を捧げるようにつとめを励みなさい。」 テモテ第二 2:15

このポップはランダムに出るようプログラムされているんだろうか?
それとも誰かが決めて、今日はこれを世界に向けて発信しようと考えているのか?
いずれにしても興味深い。


それはさておき。

イエスの言葉に「私は道であり、真理であり、命である。だれでも私に依らないでは、父のみもとに行くことは出来ない」という言葉がある。 (ヨハネ14:6)

この聖句によって、クリスチャンはキリスト教以外に救われる道はない、と考えている人もいる。

誰がどのように解釈しようと自由であるが、私の解釈は違う。

最終的な真理が一つであり、それ以外の道がないならば、その道を見つけた人によらなければ最終的な真理に到達することは出来ない。

当たり前のことである。

結局イエスという人物はそれを見つけてしまったのだろう。

逆に言えば、その道を見つけてしまった人は、同じように語ることも出来る。

偏狭で融通の効かない固定された考え方に固執する人達によって、各宗教各宗派の諍いが起こり、戦争や犯罪にまで発展する。

頂上付近まで登ったら、後は道は一つと云うことなのかも知れないが、頂上に近づくルートは数多くあるように思う。

そのような寛容性も必要だ。

今日の聖句を見て、そのように感じた。



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