市債を増やすことに関して、誰も反対する者のない状況だ。
市だけでなく、国レベルでも同じだ。民主党政権になってから、赤字国債の発行額が幾何級数的に伸びている。
通常、家計レベル、会社レベルなら赤字が増えれば、出費を切り詰めて倹約にいそしみアイデアを出しながら乗り切ろうとする。
しかし、自治体・国レベルになるとこの規制が働きにくい構造があるように思える。
メリットを受ける住民・国民は敢えて反対する側には立たないし、提供する側、その方針を決める側は、粛々と仕事を進めているだけだ。
かつてケネディが大統領就任演説で、「あなたの国があなたのため に何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」と述べ た。
個人や少数の利益やエゴのために政治、行政サービスを求めるのではなく、より大きな目的のために考える事を呼びかけたのである。
たかりの論理に陥りやすい政治システムの中で、この状況を転換するためにはどうしても国民レベルの精神性の高さと知性が要求される。
宗教が本来この役目を担わなければならないわけだが、お金集めや脱税、洗脳問題ばかりがニュースを賑わす昨今の状況の中では、全く当てになる状態ではない。
スピリチュアルブームが静かに進行しているが、宗教団体に属するのではなく、個人レベルでヨガをしたり、ヒーリングサロンに通ったり、メデティーションをしたりする人達が少しづつ増えている。
エゴを超えて、より高い精神に至る行為と考えれば、良い傾向ではある。
国民レベルの精神的向上は必要条件であるが、十分ではない。
今の民主党の政治を見れば解るように、政治家や官僚が十分な情報を出さず、出さないどころか積極的に隠蔽し、改竄してしまうと云った傾向がある。
誤った情報、又は情報が解らなければ、反対しようがなくなる。
話は関連はするが少し変わって、タイトルの「リフレ派」と呼ばれる考え方がある。
国債の日銀引き受け等、日銀が紙幣を大量に刷って流通貨幣量を増やし、デフレ経済から脱しインフレに持って行こうとする理論だ。
この極端な考えかたは、打ち出の小槌式にお金を刷ればどんなに使っていっても問題ない、と云うものだ。
いくら借金をしても問題ない、と云われれば使いすぎに注意、と云った考え方は吹き飛んでしまう。
結果として、いつまでも無駄遣いは無くならないし、借金はふくらむ一方になる。
人体構造で水分量は、ある程度均衡を保っている故に健康でいられるように、マネー供給量も基本的に均衡するレベルから大きく離れれば、崩壊してしまう。
無駄の穴埋めに命を懸けるという総理大臣が居るが、無駄を無くせば済むこと。
無駄を放っておけばいつまでも穴埋めが必要となる。
地方自治体でも、この当たり前の論理が通じるようになってほしいと願う今日この頃。
