>あなたは「美しさ」と「お金」を交換しようとしています。
>例えばAさんが「美しさ」を差しだすその対価として
>Bさんは「お金」を払う、ということなのです。
>Bさんのお金は無くならないけど、Aさんの美しさはいずれは衰えます。
>しかも、Bさんの収入は年々増えるけど、Aさんは毎年綺麗になる事はありません。
>わたしは魅力的な「資産」だけど、あなたの資産価値は低い。
>あなたの価値は今後10年で驚くほどに劣化していくでしょう。
的確に本質を突いている。
しかし、お金が資産に数えられ、お金を持っていることが強さである今の世界。
巨視的に見るととても陳腐に見えてしまう。
ちょっとした人々の心変わりだけで、お金という存在が全く価値のない
いやむしろ持っていること自体が悪であり、弱さとされる世界に
変わってしまう脆ささえ時々感じる。
ただ純粋に黒やグレーとされる行為を行う人間が低価値とされ
清く善行のみを考える人間が高価値とされる世界のほうが合理的な気がするからだ。
このように考えるのも、俺はどこかでお金を得るという行為そのものに対して
悪意を感じることがしばしばあるからだろう。
多くの人が一度は抱えるジレンマかもしれない。
けれどそんな合理的な世界では“無能”ほど裕福なのかもしれない。
だからもし世界が変わったとしても、きっと人々を苛立たせ、俺を苛立たせる。
隣の芝生は青いってヤツか。ちょっと違うな。