忘れた頃に・・・(^_^;)。
笹川美和さんの『金木犀』

『まず「書いてみる」生活 「読書」だけではもったいない』(鷲田小彌太さん著)


鷲田さんは33歳の時初めて著書出したとのこと(その頃ちょうど研究職にも就いたとのことです)。

それまでは、バイト、バイトで、自分自身がまだ何者でもなく辛い日々の連続。

他人にも自分にも納得させうるものを生み出していない。

そんな状況を打破し『私はこれなんだ!』と自己表示できるアイデンティティ=自己存在証明(以後、IDと略します)となったのが自分の著書だったようです。


『自分がめざすIDを得ることは、人生においてとても重要なことです。若い時期、そのIDを得ることができなければ、多くの人間は、今あるもの・今までやってきたことで満足せざるをえなくなります。・・・・・つまり、私が一冊の本を書くことを勧めるのは、IDをもつことを勧めているのです。著書とは、存在証明書のことなのですよ。』


『(本を世に出してから20年が過ぎて久しぶりに著書を手にした時のコメント)

ああ、生んでいてよかった、生きていた紛れもない証明であり、死守すべき宝だ、こう思えるようになるのです。この感情は本を残さなかったら、とうてい味わうことができないのです。こんな感情が、本を書いて、残す、公的ではないが、自分自身にとって大きな意味だと思いませんか?』


一冊本を世の中に出すことで、自分とはこういう人間だと世間に知らしめる事ができますし、『自分は作家である』『自分は学者である』と著書があれば宣言できる。


『著書とは自分の分身であり、自己存在の証明でもある。』

自己存在の証明だと考えると、自分の本を早く世に出したいし、慈愛の心で抱きかかえたい気持ちにもなります(^_^;)。

家族やお世話になった人々に、

『デビュー作です・・・・・(ノ_・。)(←苦節の涙)』

と、プレゼントしたいですし・・・(^_^;)。


阿部謹也さんの『「世間」とは何か』の中で、ヨーロッパの個人は「絶対的な神との関係の中で自己を形成する」とあります。

絶対的な神の存在があるゆえに揺るぎのない(ブレのない)個人となるとのこと(^_^;)。


一方、日本は、「曖昧な世間との関係の中で外面と内面が区別されて自己が形成される」とあります。

『和を以て貴(たっと)しと為(な)し、忤(さか)ふること無きを宗(むね)と為(せ)よ』(「日本書紀」憲法十七条)の時代以来、自分が所属する集団の動向に敏感に反応し自分を殺し集団に身を任せる。

内面では『アホらしい』と思う事でもシンクロ行動してしまう伝統が今も生きている感じがします(^_^;)。


カントさんの『啓蒙とは何か』に、欧米では、上官の命令が間違っていても作戦実行中はその命令に従うが、軍務が終了したら、部下は上官の誤りを公開の場で論じることができるとあります。

絶対的な神の前では誰もが対等な立場であり、神の前での不正は許されない。


一方、日本では会社の不正を告発したら、告発した人はほとんど解雇されるとのこと(ノ_・。)。

『和を以って貴しと為し・・・』に違反する行為、和を乱した行為ということで解雇されるという事でしょう。

『欧米人にとっての神が、日本人にとっては和であり世間である』という事なのでしょう。


もういい加減、和や世間という曖昧で揺れ動くものに自己形成を委ねないで、確固としたもので自分作りを始める時代なのではないでしょうか。

今さら宗教を普及させるのに無理でしょうから、宇宙と自分、地球と自分、というような何かグローバルな地球人としての新しい価値観みたいなものをこれから構築して行く必要を感じます。

でないと、世界基準の考え方をしている人々にとって生き辛い日本になっていると思います(^_^;)。


最近、忙しくて人生訓的な事が書かれた本を読んでいなかったような気がします(^_^;)。


たまに人生訓的な本を読むことで、自分の考えをチェックしていたと思うので、今日、何冊か読んでみました(^_^;)。


その中で、『最高の自分をつくる秘訣』(渡部昇一さん著)から抜粋します(^_^;)。


『「戦うことそれ自体が悪」とするから、おかしなことになる。天使だって悪魔と戦っているわけでしょう。もし、天使が悪魔と戦わなければ、世界は悪魔が支配する不正義の社会になってしまう。』


『貧しいということは、結局のところは、生きるためだけに精一杯の努力をしなければならないということであって、そこには心の余裕などあり得ない。したがって、どんな理屈をつけようと、貧がいいわけはない。』


『こういうことはいえませんか。たとえ不幸な状態であったとしても、目的を追求していく、追求できることに幸福を感じる。そういう人が成功するのだ、と。』


『アメリカの代表的な心理学者マズローの考えには、私はアメリカ在住時代から大きな影響を与えられましたが、彼の言葉に「どうすべきか迷っている時は、ホンネに忠実であれ」というものがあります。』・・・以上。



渡部昇一さんの言葉を参照して、

八方美人が命取りだと思うのは、自分の敵に、天使にとっての悪魔に、愛想よく媚を売る行為をしかねないからではないのかと思います。


自分のことを嫌うタイプに、好かれようと、愛想よく八方美人に振る舞うのは哀しい(ノ_・。)。

日本は感情を表に出さないで温和に振る舞うことを善とする傾向があるので、好悪をハッキリ示さないで、八方美人的になってしまう可能性が十分あると思います。

しかし、心の中では『好かれる必要はない。いざという時は戦っても良いのだ』と認識しておくことは自分を守る意味で大切なのではないかと思いました(^_^;)。


『迷ったら、ホンネに忠実であれ!』を心がけたいです(^_^)v。





NHK朝ドラの主題歌、HYさんの『いちばん近くに』
一つ前の朝ドラは、ストーリー展開が単調で、心理描写に深みがなく、一般大衆に迎合した感じがする内容だったので、NHKの朝ドラでなかったら観なかったでしょう(ノ_・。)。

『純と愛』は、やっと続きが観たくなるドラマになったのがうれしいです(^_^;)。
今後、どうなるかわかりませんが、大衆に媚を売るかのような文部科学省推薦の良い人ばかりが登場するドラマにはしないで欲しいなぁと思います(ノ_・。)。
世の中、いろいろな人がいます。
善人も悪行をしたくなる時もあるし、悪人も犬や猫を可愛がる良い人であるかもしれない(善悪という二者択一しかないのも恐ろしいですが・・・(^_^;))。
一人の人間が複雑に揺れ動きながら、最後は自分が信じる最善を尽くすドラマにして欲しいと思います(^_^;)。