ノーベル物理学賞受賞の物理学者、アルバート・アインシュタインさんが1922年12月中旬に宿泊した奈良ホテル。

周辺には、奈良公園、興福寺、猿沢池、古い街並みが残る奈良町があり、国の天然記念物である鹿たちにも必ず会える場所に立地しているようです(^_^;)。

皇族の方々もご利用になる由緒あるホテルのようですね。


1922年当時、奈良ホテルには、1900年頃製造のハリントン社製のアップライトピアノがありました。

アインシュタインさんも宿泊した時に演奏したのですが、終戦後、行方がわからなくなっていました(ノ_・。)。


近年になって、大阪市の交通科学博物館にあることが判明し、2009年に奈良ホテルに戻されました。

そして、今年、アルバート・アインシュタインさんの宿泊から90年になるのを記念して、ヤマハの技術者により補修と調律を終えて、11月6日、戦後初めて、当時の音色がホテルに響きました(ノ_・。)。

主(あるじ)がいなくなっても、健気に鳴り響くピアノの音が、なんとも郷愁をそそる演奏会となりました(ノ_・。)。


『未来のことは考えない、あっという間にやって来るから』(アルバート・アインシュタイン)

 


アスカルロード!



NHKの朝の連続テレビ小説(朝ドラ)『純と愛』


今までの朝ドラにはない感じですね(^_^;)。


ヒロインの彼(愛と書いて「いとし」と読む)は、人の本性が見えるという設定。

しかし、周辺の人々には、変な人、おかしい人、に見られ、精神科では『統合失調症』と診断される、という爽やかな朝ドラよりも夜ドラになりそうな内容です(^_^;)。


しかし、今のところ、なんとかギリギリの線を行っていると思われるのは、どこかにユーモアがあるからでしょう。


ヒロインの純さんが、明朗快活でパワフルなのが救いかもしれませんが、周辺に煙たがれ嫌われるという、これもまた朝ドラのヒロインらしからぬ設定になっています。


愛さんの妹も、愛さんのように特殊な能力の持ち主で、臭い(におい)に敏感という設定。


天真爛漫で自分の思った通りに行動していた頃の純さんは臭わなかったのに、

会社(ホテル)の意向に合わせ、大人として常識的な言動を取るようになった純さんは、『あんたくさいで!』と、臭い出すという演出は、「上手い脚本を書いたなぁ」と感心しました(^_^;)。


『外面と内面』

『常識と本音』

この使い分けが日本人らしいと言われますが、内面と本音を隠し外面と常識だけでコミュニケーションを取る人を『くさい』と言い、

本音で生きる人を『臭わない』と言う妹に、作者のメッセージが込められている気がしました。


人生一回こっきり。

一度も本音を、言わず、出さず、で墓の中。

自分が何者なのかは、正直に自己主張しなければ神様でさえもわからない。

そんな事を思いながら視聴しています(^_^;)。


明日は立冬。


立冬の時期に、『雪迎え』というクモが糸を出しながら飛んでいく姿が山形県内の内陸部で見られるそうですが、なぜか?この時期クモの活動が活発のような気がします(^_^;)。


通りのイチョウ並木が黄葉(紅葉)し始める頃、ジョロウグモ(女郎蜘蛛)がどこからともなく巣をはり出している事に気が付きます。

夏には見られない光景です。


気になったので、調べましたら、秋に私達が見ているのは、ジョロウグモのメスだそうで、オスはメスよりも小さく目立たないそうです。

大きさは、メスが約2.5センチ、オスが約8ミリ、ちょうどこの時期に産卵(卵の数は400個から1000個)し、来年の春に孵化するようです。

春に孵化してから約10回脱皮して、現在のお姿になり巣をはっているとのことです(^_^;)。

私達が見ているあの黄色と淡青色(黒色)の縞縞なジョロウグモはメスで、オスは地味な色をしていて、巣の片隅で交尾期をジッと待っているらしいです(^_^;)。

本当にオスがいるのかどうか明日にでも巣の片隅を見てみたいです(^_^;)。




下成佐登子さんの「秋の一日」
明日が立冬。
今日が最後の秋の一日ですね(^_^;)。
ヤマハのガールズポップ集みたいなCDに入っていた1曲です。
アンジェラ・アキさんの『This Love』


好きだったアニメ(上の動画の中でピアノを弾くアンジェラ・アキさんの背景のアニメ)の曲ですが、そのアニメの主人公は女性で、日本刀で敵を次々と切り倒して行くお話でした。
思えば、強いヒロインが登場するタイプの作品が好きだったのかなと思います(^_^;)。
小学生の頃、野球チームで投手をやっていたのですが、その野球で男子のパワーに圧倒されたり、
近所の柔道日本一のお姉さんが、全国大会にも出られない男性に投げられているのを見たりの経験が、強い女性ヒロインへの憧れを生んだのかもしれません・・・・・(ノ_・。)。

最近、母がやたら老後についての本を読んでいます(^_^;)。

父はまったく関心がないようですが、母は『おひとりさまの老後』(上野千鶴子さん著)等々、父亡き後の事まで考えているように思えます(ノ_・。)。


母が読んでいた本の中で、『老年の豊かさについて』(渡部昇一さん著)を、なんとなく読みましたら、とても気になる記述がありましたので、紹介したくなりました。


この本の中に、

「年を取ると小説の見方が変わる」という項目があります。

そして、川端康成さんや夏目漱石さんの小説を「つまらない」と一刀両断しています。

なぜかと言いますと、老年になると小説家が小説を書いた年齢よりも上になり、書かれているテーマが幼稚な事に思える、あるいは、青臭く思えるからだそうです(^_^;)。

いくつか抜粋しますと、

『「雪国」は、筋もないし、「つまらない」の一語に尽きました。』

『「千羽鶴」は、ちょっと異常な状況で川端さんが自分の骨董趣味をひけらかすために書いたのかなと思えるような、安っぽさを感じました。』

『「道草」は、自分の女房のお父さんから借金を頼まれた主人公が、義父にお金を貸すか、貸さないかを悶々と悩むところだけが丁寧に書かれています。

これを50歳ぐらいで読むと愕然とします。

そんなものは30分くらいで解決できることで、小説のタネにはなりません。』


なるほど、老年の方々に納得してもらう小説を書くのは難しそうだなぁと思いました(^_^;)。

明治の大文豪もノーベル賞作家もバッサリ斬られています。


なんとなく、やはり、小説よりも映画やドラマにした方が共感してもらう余地があるかもしれないとも思いました。

『人生について』や『恋愛について』を、10代、20代の若い作家が書いても、40代以降の方々からしたら、青臭いと思うのが当然かもしれません(ノ_・。)。


しかし、人間には普遍的な部分がどの年代にもあるはずです。

老年になってからしか小説が書けないわけでもないので、

書ける人は10代から書き始めても良い、というか、書きたい気持ちを誰にも止められないでしょう。


その時、その時、書きたい事を書く。

その評価が、『つまらない』でも『青臭い』でも仕方がない。

自分の理想的な人間、美しいと思う生き方、などを、書き続けて行く。

それが普遍的などうかは時の流れだけが知っている。

何かを作り出そうと思っている人は、ある意味開き直って創作するしかないですね(^_^;)。


しかし、渡部昇一さんは、漢詩や俳句は小説と違って、読者が年を取っても感動すると書いておられます。

島崎藤村さんが若い頃作った『千曲川旅情』の「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ」という詩は老年になってもジーンと来るものがあるそうです。


その他、『菜根譚』は老年になると、賛成できないことが多くなるとのこと。

『論語』は、年をとればとるほど、「なるほど!」と思うらしいです(^_^;)。




普段はプロ野球を観ることはないのですが、なんとなく、日本ハムを応援しています(^_^;)。


プロとしての実績があまりない栗山監督に、日本一の監督になって欲しいという思いからなのですが・・・・・(^_^;)。


失敗や挫折を知っているので、厳しいなかにも優しさがある感じがして、気配りのできる良い監督なのではないかなと思います。

実績のない新人監督にとって、勝つ事が何よりだと思いますし・・・。


結果でしか自分を証明できない時もあるでしょうから・・・(^_^;)。

ギャンブルはやったことがないのですが、全力で走る馬を見てみたいので、いつかは競馬場には行ってみたいなぁと思います(^_^;)。

馬術クラブへ行けと言われそうですが、一所懸命な馬たちが見たいので・・・(^_^;)。