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この国のタブー

素人がタブーに挑戦します。
素人だけに、それみんな知ってるよ?ってこともあるかもしれませんが。
コメント、質問、大歓迎です。お手やわらかにお願いします。

 続編ですので、前回の投稿はこちらをご覧ください。
 →統合失調症障害者の家族として(1)
 →統合失調症障害者の家族として(2)
 →統合失調症障害者の家族として(3)



※最初におことわり
・医療に関わる内容を含みますが、専門家によるものではなく素人が書いた記事です。
・薬物に関する記述は、科学的検証に基づかない私見を含みます。
・作者の一方的な意見ですので、この記事を治療や研究の参考にはしないでください。
・治療や処方に関することは、必ず医師や薬剤師の指示に従って下さい。
・偏見や差別的表現を含みますが、当事者家族の立場から敢えて書いています。
・残酷な表現を含みますので、苦手な方は落ち込んでいる方や読まないで下さい。



統合失調症の病因には様々な学説があり、その中には有力とされるものもありますが、結局のところ素人目にも明確と言える一致見解はありません。にもかかわらず、過酷な治療を強いる背景は、これまでの記事を読んでいただければ何となくお分かり頂けるかも知れません。
ではそのよくわからない病気について、精神医学においてはどのように考えられているのでしょう。ここから先は専門知識が必要な領域ですので、本来は素人の口出しは危険です。恐らく、私見に偏ったかなり粗暴な記述になりますが、寛大にお読みいただければ幸いです。



【内因説】
精神疾患は心の病気と言いますが、科学的な見地に立てば脳の病気ということになります。つまり、脳をよく調べればその原因がわかるはずですが、今のところ、これだという病巣が見つかったことはありません。しかし、こうした考え方を内因説と言います。遺伝子、ウィルス、タンパク質、脳内化学物質など、何らかの病因があるだろうということを、多くの精神科医が信じていると思って下さい。
例えば、実際に統合失調症障害者の脳を調べると、ドーパミンなどの化学物質に変化があるそうです。これが脳に作用することで、妄想や幻聴が現れるという仮説が成り立ちます。問題はその化学物資を変化させるものが何かですが、内因説を唱える研究者はずっとそれを探し続けているという状況です。


【外因説】
それに対して、脳内に主たる病因は存在しないと考えるのが、外因説です。その病因はうつ病などと同様に、人間関係や生活環境といったストレスなど、外的要因が引き起こすものであると主張する説です。実際に、そのうつ病がやがて悪化し統合失調症に至ったケースも報告されていて、精神医学上でも外因はひとつの要因として受け止められています。
もし仮にそうだとすれば、統合失調症治療とは対処療法しかできません。根本原因の解決は医学以外に委ねられることになります。ただ、外因が主原因と考える医師や研究者は少ないようですね。仕事がなくなってしまうからでは?という見方もできますが。
 参考:過去記事「先生のジレンマ」


【心因説】
ある子供に、父と母が全く異なるメッセージを送るとします。一方は白にしろと言い、他方は黒にしろと言う。こうして繰り返されるメッセージのことをダブルバインドと呼びます。それが反復され続けた結果、精神が統合できず分裂状態に陥るというのが心因説です。それが原因で、かつては統合失調症障害者の家族が責められた時代がありました。
ただし、現在ではこの学説はほぼ否定されていて、症状を悪化させることはあっても病因とは言えないと解釈されています。それでも、親や家族を責める意識や、他人だけでなく自分自身が自虐的思考に陥る家族は少なくありません。私自身も同様で、未だにそうした意識が消えることはありません。
 参考:Wikipedia記事「ダブルバインド」


【遺伝説】
統計上のデータによれば、統合失調症の発症率には一定の遺伝的傾向が見られます。つまり、血縁関係においてその発症率が顕著に高いということですから、内因は遺伝子であるというわけです。ただし一卵性双生児同士の発症関係が100%一致しないそうなので、遺伝子はひとつの要因に過ぎなないという意見が大勢です。
とは言え、実際にその遺伝子を発見したという研究チームもあって、今のところ立証までには至っていないようですが、現在も検証が続けられています。
 参考:藤田保健衛生大学「日本人統合失調症と関係する遺伝子の同定」


【遺伝統計に対する私の反論】
ただし、この統合失調症の遺伝統計について、私個人は疑問を感じます。まず、病巣の確認ができない統合失調症においては、各医師の診断基準にどの程度の信頼性があるのか、いまいち確証が持てません。加えて、統計を親子関係や親戚関係にまで訴求するならば、データはかなり曖昧になる可能性だってあります。
そもそも、これほど重要な問題ならば、まずは厚生労働省が公式に大々的な統計調査を行うべきです。しかし、ネット上のどこにもその資料がありませんが、これはどうしてでしょうか。非常に疑問です。

他方で、統合失調症障害者を抱える家庭内環境は異質ですから、それよって子供が何らかの精神疾患を患う可能性もありそうです。例えば、アダルトチルドレン(日本では病気とはされていませんが)は、家族にアルコール依存症患者がいる場合にしばしば抱えやすい問題であると言われます。私は、家庭内環境が家族たちの精神疾患や問題傾向を誘発する可能性も、ある程度は考慮すべきと感じます。
 参考:Wikipedia記事「アダルトチルドレン」

つまり、仮に外因説が正しかったとしても、統計データ上は一見、内因説を裏付けるような結果を導いてしまう可能性もあります。その点で、統計データを学説の論拠とするならば、まずはそのデータの信憑性を十分担保することが前提です。しかし現実的には、一緒に暮らしたことのない親子関係で統合失調症を発症したケースだけを集めるのは至難の業でしょう。となると、統計から遺伝の論拠を導き出す発想そのものがナンセンスです。


【多因子疾患】
私個人の主張はともかくとして、以上のような仮説的議論がこれまで重ねられた結果、今のところは、様々な内因と外因が組み合わされて発症する多因子疾患である、というのが医学的な通説となっています。このサイトに記載されていたのはとてもわかり易かったですが、要するに根本原因の解明には至っていないということです。
 参考:こころの健康情報局すまいるなびげーたー「脳科学から見た統合失調症」


【病気か個性か】
しかしこうなってくると、いよいよ統合失調症という病気がそもそも怪しいものになってきます。場合によっては精神医学は果たして医学かと思う方もいるかもしれません。
1950年代後半から、「反精神医学」という考え方が生まれています。その主張は主に次のようなものでした。
・基本的人権を無視した強制入院などの監禁措置。
・電気ショック治療など非人道的な治療法の問題。
・病ではなく人格、症状ではなく個性。
・精神医療は社会からの排除。
・精神病が医者を必要としているのではなく、医者が精神病を生む。
 参考:Wikipedia記事「反精神医学」

やがてこの考え方は、旧来の入院治療から外来治療へのシフトと、投薬治療の普及などにより、1960年代には沈静化しました。しかし前回記事で述べた通り、外来治療と投薬治療に対する批判も最近は高まっていますので、この動きが再燃しそうな気配もあります。
実は、20歳頃にこの手の本を数冊読んだのですが、残念ながらタイトルを忘れました。読んだ当時の感想は、とても健康的で理想的な考え方だなという印象の反面、偏って盲信すると危険だなという思いも抱きました。特に、母には絶対読まれないよう、押入れの奥に隠していたことを記憶しています。

この主張は確かに共感できる部分もありますが、最初にそれを病気と定義したこと自体は、私は否定して欲しくありません。なぜならば、病気以前は「頭のおかしい人」であり、差別対象として殺された時代すらあったのです。その点において、病気の定義は被差別からの解放でもあったし、治療が必要であるという社会福祉の認知基盤をも作りました。現在の社会環境や医療体制は決して満足できるものではありませんが、ここで改めて病気ではないとする考え方は、やや行き過ぎのように感じます。


【ヒトが背負う業】
ところで、医学ではなく心理学や文化人類学の観点からこの病気にアプローチした研究もあります。前の記事でご紹介した中井久夫もそうですが、ユングの集合的無意識という概念はその代表格です。これを簡単に言えば、妄想や幻覚といった分裂症状には、時代や地域、民族をも超越した普遍的傾向があるというものです。こうした仮説を科学的に立証することはほぼ不可能だと思いますが、個人的には一定の説得力もあるように感じます。
 参考:Wikipedia記事「集合的無意識」

もしその考えが正しければ、ヒトの遺伝子には統合失調症因子が劣性形質として潜んでいて、普段は認知されないこの因子が、ある環境要因によって発現するということになります。さらに別の研究では、分裂症状はヒトに限らずサルにおいても見られたとの報告もあります。こうした研究者達は、統合失調症をやや宗教的な表現を用いて、生物としての人類が背負った宿命あるいは業であると言います。
これらは研究としては新しいものではありませんが、民族や地域によらず概ね1%が統合失調症である事実を、最もよく説明しています。興味深いですね。


【治るなら病気?】
さて、この10年くらい、統合失調症を取り巻く治療環境はかなり変化したように思います。そのひとつは、開放病棟の登場です。
従来の精神科は閉鎖病棟が鉄則でしたが、その一部を開放し、患者や面会者の自由な出入りを可能にした施設が造られ始めました。海外には以前からそうした施設があり、閉鎖病棟よりも治療効果が高いことも知られていました。もちろん、症状が軽度なケースに限定されますし、暴力や自傷行為など医療事故リスクの高い人は利用できません。それでも、精神医療に新しい方向性を示したことは事実です。

そしてもうひとつが、向精神新薬の登場です。従来よりも副作用が少ないものや、短期間で治療効果が実感できるものが、どんどん開発されました。治療効果の実感というのはとても重要で、当事者だけでなく家族や医師側に大きな希望をもたらし、良いサイクルを作ります。かつて治らない病気だった統合失調症が、徐々に治る病気なってきたのです。

では実際、どの程度治るのでしょうか。治ると言っても完治ではありません。統合失調症は病巣を外科的に取り除くことができませんし、再発リスクがゼロになることはないので、「寛解(かんかい)」と呼びます。
この寛解率も信頼できるデータに乏しいのですが、WHOの治療調査結果を記載している住吉病院(甲府市)のブログ記事から要約すると、以下のようになります。これは外来に限ってのデータですが、恐らく通院と投薬は続けながらも症状をほぼ抑制できていて、なんとか日常生活を維持できている人がこれだけいます。

・6カ月間、仕事・家事・学業を営み自立的生活ができた人=25.4%(機能的寛解)
・上記ほどではないが、一定の基準以上に維持され入院のない人=66.1%(臨床的寛解)
 参考:公益財団法人住吉偕成会 住吉病院ブログ「外来統合失調症者の寛解率における地域差」
 参考:大日本住友製薬webサイト「外来統合失調症患者に関する臨床的・機能的寛解率の地域差:W-SOHO研究」

これらを足せば9割以上の方が寛解に至った訳ですから、こうなると、治るのだから病気という考え方もできます。ただし、ここで言う寛解の状態には個人差があり、妄想や幻聴、衝動的発作が完全に収まっているということでもありません。また、依然として全員が寛解するわけではなく、一生付き合っていかなければならない人もまだまだいます。



では、ここで一旦結論を出します。30年間あれやこれやと考えてきた私の結論は、それでも統合失調症は原因不明の「病気」だということです。ただ、いわゆる普通の病気とは違って、科学的根拠に乏しく、まだまだ治療法の開発が必要な途上過程にあります。副作用だけでなく、人権侵害など危険なリスクの上を綱渡りするような治療しかありません。しかしそれにすがるしかないのが現状です。
良心の呵責にも苛まれますが、それでも病気だと思うほかありませんでした。病識がなく投薬を拒絶していた母を救う術はありません・・・・

と、ずっと思っていました。

自分に言い聞かせてきたのかも知れません。


しかしつい先日、この考えを覆してしまうような一冊の本に出会いました。それを読み進めていくにつれ、少しずつ考え方が変わり、別の見方もあることを知りました。ちょうど今は、関連したもう一冊目を読んでいる最中です。

次回はいよいよ最終回です。この「ある本」をご紹介し、この連続記事をまとめたいと思っています。今回も最後まで読んで下さりありがとうございました。



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統合失調症障害者の家族として(5)に続く