この国のタブー -94ページ目

この国のタブー

素人がタブーに挑戦します。
素人だけに、それみんな知ってるよ?ってこともあるかもしれませんが。
コメント、質問、大歓迎です。お手やわらかにお願いします。

 続編ですので、前回の投稿はこちらをご覧ください。
 →統合失調症障害者の家族として(1)
 →統合失調症障害者の家族として(2)
 →統合失調症障害者の家族として(3)
 →統合失調症障害者の家族として(4)



※最初におことわり
・医療に関わる内容を含みますが、専門家によるものではなく素人が書いた記事です。
・作者の一方的な意見ですので、この記事を治療や研究の参考にはしないでください。
・治療や処方に関することは、必ず医師や薬剤師の指示に従って下さい。
・偏見や差別的表現を含みますが、当事者家族の立場から敢えて書いています。



シリーズの最終回です。
前回の文末で、私がずっと統合失調症を病気だと思っていたこと、そしてその価値観が変わってきたことを書きました。その変化を生んだ一冊の本とは、『「べてるの家」から吹く風』という一冊の本です。これを知ったのは、武田鉄矢がラジオ番組で、この施設に関する『治りませんように』という本を紹介した録音をYoutubeで聞いたことが切っ掛けでした。ややこしいですね。
 参考:Youtube動画「べてるの家」今朝の三枚おろし 2011.08



【べてるの家と浦河】
この施設は北海道浦河町にある社会福祉法人で、授産施設や共同住居、グループホーム、有限会社福祉ショップべてる、NPO法人セルフサポートセンター浦河などを運営する、精神障害者のための共同体組織です。元々は、浦河赤十字病院(以下、日赤病院)の精神科で治療する統合失調症障害者らが中心となって、無人だった教会に共同生活をすることから始まりました。

かつて、この地域が抱える事情はとても過酷で、アイヌ民族や朝鮮移民の子孫が多く住み、彼らは深刻な被差別に苦しんでいました。酒浸りの暮らしは子孫へと連鎖し、当時の日赤病院にはアルコール依存症と精神疾患の患者が絶えなかったそうです。著者の向谷地生良は、ソーシャルワーカーとしてこの地にある日赤病院へ赴任し、以後、地域にある負の連鎖を断ち切るための活動を続けてきた方です。

べてるは、統合失調症障害者のご家族の方にとっては既にとても有名らしいのですが、一般にはあまり知られていません。私自身は、先進的な取り組みをしていると聞いたことはありつつも、「母には関係ない」という程度に受け止めていました。なぜならば、開放病棟に入れないのと同じく、こうした先進的な取り組みの多くは、病識が無く投薬拒否する患者を受け入れてくれないからです。
しかし徐々に調べていくうちに、この施設の取り組みの本当の素晴らしさは、治療法ではないことを知りました。

まず、ここでは健常者が障害者を支援するのではなく、する側とされる側の実質的な区別がありません。しかし、いわゆる自律・自助・互助と呼ばれる従来の仕組みとも少し違うかも知れません。ソーシャルワーカーなどの専門家や健常者ももちろん介入しますが、支援する側の主体があくまで障害者当事者自身というのです。
現在のメンバーは150人余りいて、ここの当事者達は、全国各地でイベントや講演活動を行うという、驚くべき活動をしています。恐らくべてる以外の全ての環境では、統合失調症障害者にそうしたことをやらせることはありませんし、できないと考えられています。
 参考:べてるの家公式サイト


【べてるへ来る当事者】
著者によれば、統合失調症障害者は「三ない主義」に陥ることがあるそうです。見ない(自分を見ない)、聞かない(人の声に耳を傾けない)、言わない(言葉を失う)。本書には様々な当事者が登場しますが、妄想によって暴力や自傷を引き起こす「爆発系」症状を持つある青年の、こんなエピソードがあります。

(以下引用)
「こんなひどい病院に、自分はいられませんよ。まえの病因に戻りたい気分ですよ。」
(中略)
「出入りは自由だし、ちゃんとした規則もないし・・・・・・。もっと、職員は患者に厳しく管理してくれないと、僕のような人間は困ってしまうんです。あれしろ、これしろと指示してくれたほうがいい。自由すぎることは自分に合わないんです。」
(引用ここまで)

爆発を繰り返す中で、爆発しないことだけが生活の目標になってしまった結果、人から管理されることに安住してしまう。著者は、かつての日赤病院の状況を振り返り(恐らく従来型の精神医療に対しても同様に)、こうも述べています。

・医学=“囲”学
・看護=“管”護
・福祉=“服”祉

すなわち、患者を囲い込み、管理して服従させる。だから現在の日赤病院の開放さ、自由さに対して、この青年のような不満も飛び出します。
ちなみに、べてるの家には同じ爆発系症状を抱える障害者によって「爆発救援隊」というものが組織され、緊急出動し爆発した者を連れ帰っては、ミーティングを繰り返すという活動をしています。後でも述べますが、これを「当事者研究」と呼びます。


【統合失調を抱えて生きる方法】
べてるメンバーには、自己病名を付けるのが慣例になっているそうですが、その中に「人間アレルギー症候群」という人達がいます。人との関わりにおいてアレルギーのように症状や発作が現れ、加えてやっかいなのは矛先が自分自身にも向くことです。
その女性メンバー4人が設立した会社の企業理念は、話し合いの結果、次のように決まりました。
・心と身体に優しい会社づくり
・いつでも廃業
・出勤したくなる会社
・むなしさを絆に
・期待されない会社
・安心を届ける

すごいですね。特に2つ目は、未だかって聞いたことがありません。笑えます。笑えると同時に、涙が出ました。
ここでは多くの当事者が、病気を「治すため」に生活している訳ではありません。そういう意味では従来の「治療」という概念とはかけ離れています。例えば、中には「幻聴さん」にはいなくなって欲しくないと言う人や、これ以上病気が治って欲しくないと心から願う人もいます。あるいは、病気になってべてるに来たことを幸せに感じている人や、ここでの暮らしが幸せすぎて怖いという人までいます。信じられませんが本当です。


【病気は治さない】
日赤病院精神科の名医である河村医師は、自称「治さない医者」です。べてるの噂を聞きつけてよそからやってきた外来の初診患者に、処方量をいきなり半分以下へと減薬することがあるそうです。
急激な減薬は、時に副作用をもたらすリスクだってあります。しかし彼の主義は、日赤病院は症状を抑える薬は出すが、治すことはべてるのメンバーと相談しなさい、です。精神的にも身体的にも投薬に依存している人は、まず驚きとともに、最初の苦しみも味わうことになります。


【当事者研究】
薬を減らす代わりに行われるのが、「当事者研究」という試みです。研究っぽいことではなく、精神障害者当事者による本物の研究です。一見ジョークのようにも思えてしまいますが、真面目に考えればこれは驚嘆すべきことで、恐らく世界唯一の試みです。

幻聴の発信元は「幻聴さん」、妄想や幻覚の発信元は「お客さん」というべてる語で呼ばれます。彼らは、自己に内在する形の無いものに名前を付けることで、客観視します。
「あ、今お客さん来たから私先に帰ります。」
日本語に訳せば、妄想の症状が現れたので家に帰りたいということです。これを「サイン」と呼び、発作の兆項を周囲に知らせるとともに、研究結果から導かれた対策を周囲も協力して行います。実際に、それで発作が治まることが多いのです。

彼らは、かつての哲学者のように自己を見つめ、互いの発症パターンを検証し、どうすれば発作を抑えられるのかを研究し、生きる術を模索していきます。しかもその成果はどんどん輸出され、全国各地で言わば出張当事者研究が行われ、研究成果が各地で反復実証されているのです。もはや、精神医学にも勝るとも劣らぬ「研究」という表現でなければ、説明できません。


【降りていく生き方】
この著者はクリスチャンであるため、本書の中でしばしば宗教的な価値観が披露されます。私はクリスチャンではありませんが、同じようなことを考えてばかりいますので、共感する部分が少なくありません。彼は、入所者の死という悲しみに何度も直面する中でひとつの境地に至り、その気付きをこう述べています。
(以下引用)
肉体的、精神的そして社会的に成長し、成功を成し遂げた「にもかかわらず」、いのちとして私たちは降りてしまっているのである。そして、きょう一日、私たちは「死んだ」のである。それは、右肩上がりの人生を否定し、降りる人生を選択するというようなわれわれ自身の選択と決断を超えた現実としてある。
(引用ここまで)

著者が考えるべてるの哲学のひとつが、『「諦めること」を学ぶという高等技術』です。
統合失調症障害者は、病気を治そう、社会復帰しようということを願い続けながら、何度となく敗れ去った人生を送ってきています。苦悩し、失敗し、爆発し、そしてまた苦悩する。そんなサイクルを生きています。しかし、べてるでの暮らしは、その苦悩することを諦めることから始まります。それはつまり、病気を治すことを諦め、右肩上がりの人生を諦め、降りていく生き方を受け入れることに他なりません。
加えて著者は、それは障害者に限らないとまで言っています。全ての人生は死へ向かって歩き続けることであり、降りる人生であるのだから、それは全ての人間にとっても同じことだと言うのです。

べてるの活動は、統合失調症障害という問題に投じられた小さな小さな小石です。しかしその波紋は徐々に大きく広がり、やがてそれは社会の在り方そのものに投げかけられた難問であることを気付かせます。
私たちが暮らす現代社会は、ふと考えてみれば本当に過酷です。ゼロ成長、デフレスパイラルという世界にあっても、右肩上がりの人生こそ幸福なのだと誰もが信じ、疑うことなく突き進み続けています。もちろん、その考え方自体は経済成長の土台であり資本主義社会の本質そのものですから、否定することは困難です。それでも、べてるに暮らす当事者たちは右肩上がりを否定し、降りていく生き方に幸福を見出したのです。



語り尽くせばきりがないのでこの辺にしますが、本書を読んで、恥ずかしながら相当泣かせて頂きました。統合失調症障害者にもこんな素晴らしい生き方ができるなんてと、心から思いました。また同時に後悔も湧いてきます。生前に知っていれば、母を救えたかもしれないという思いが、どうしても頭を過ります。しかしそれでも、前向きに受け止めようと思わせる何かが、この本とべてるにはあります。

ひょっとすると統合失調症は、障害ではあっても病気ではなくなる日が来るかもしれません。最近そんな思いを抱くようになりました。統合失調症当事者の方も、精神疾患を抱えた方も、当事者を身近に抱える方も、全くそうでない方も、本書を是非読んでください。本当にいい本です。宣伝みたいになるのは嫌ですが、この本だけは特別に大宣伝したい気持ちです。もしも100万部売れたら、統合失調症をタブー視する今の社会が、少しだけ変わるような希望を抱かせます。あたかも、アマテラスを閉じ込める天の岩戸が、ほんの1センチ、いや、ほんの1ミリくらいは開くかも知れない。そんな気にさせます。

「べてるの家」から吹く風/いのちのことば社

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さて、全5回に渡ったシリーズもこれで一応は完結です。私の身の上話に始まり、統合失調症は病気なのかと差別的な言葉も使い、ド素人の精神医学論まで並べましたが何卒お許しください。最後まで読んで下さった方には、本当にありがとうございました。
私の中ではこのテーマはまだまだ続きそうです。今は、武田鉄也が紹介していた方の本を読み始めたところです。体験談など、詳しい情報をお持ちの方は是非ともご教示ください。私自身は、べてるの当事者研究が近所に来るタイミングを狙って、足を運んでみようと目論んでおります。ひょっとすると追加記事が書けるかもしれませんが、その時はまたお付き合いいただければ幸いです。

治りませんように――べてるの家のいま/みすず書房

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【以下、2013/7/31追記】

べてるの家の情報に関する記事を書きました。連絡先などが必要な方は以下の記事をご覧ください。
 参考:「べてるの家」に関する情報


※最後の注意喚起
・べてるの家や浦川赤十字病院が、投薬治療を行わないということではありません。減薬することもありますが、投薬治療は行われています。投薬の中断や急激な減薬は、強い副作用などを招く危険がありますので、事前に必ず主治医にご相談してください。
・従来の精神医療に批判的な表現をしていますが、転院や主治医の変更を推奨している訳ではありません。それを安易を繰り返すとドクターショッピングになり、結果的に良好な治療が受けられないなどの重大リスクを伴います。転院等をご検討の方は、信頼できるご家族や主治医などに十分ご相談の上、慎重な判断をして下さい。



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統合失調症と生きていく(1)に続く