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この国のタブー

素人がタブーに挑戦します。
素人だけに、それみんな知ってるよ?ってこともあるかもしれませんが。
コメント、質問、大歓迎です。お手やわらかにお願いします。

今回は、ずーと書きたかった私の本心がテーマです。このブログの根っこそのものです。
記事を書き始めたのはこのブログをはじめた当初でしたが、少し書き足しては悩み、納得できずに消すということを何度となく繰り返し、やっと文章らしくまとめることができました。2回に分けての長文ですが、最後までお付き合い下されば幸いです。



皆さんは今の若者についてどんなイメージを持ちますか?
「大人しい」、「キレやすい」、「オタク」、「社会性が低い」、「勉強しない」、「ゆとり世代」、「我慢を知らない」、「わからない」などなど、恐らくはネガティブなイメージがいくつも並ぶことと思います。

若い世代を嘆くこうした考え方は、ずっと昔からありました。ソクラテスは弟子のプラトンに対して同じように嘆いたそうですから、この考え方はそれこそ、人類史と共にあったんだろうと思います。「このままいけばこの国は亡びる」という考え方にも似ていますね。

しかし私が抱くイメージは、「かわいそう」です。彼らは親に学校に、そしてまた社会に苦しめられているように感じます。絶望の淵に立ちながら、足掻いているようにも見えます。
この話を書いていると、石原慎太郎も同じようなことを言っていたのを思い出します。彼は今の若者に対して、「戦争が無い時代」に生まれたことをかわいそうだと言います。彼の世代が若者だった当時、大東亜共栄圏と戦争には言葉にし難いロマンや魅力があったのだそうです。もちろん、その考え方にはさすがに同意しかねますが、言わんとしていることはわかります。

私は常々、若者を擁護する主張をする一方で、年配者に対しては非常に厳しい立場です。それを色々な側面からこれまでずっと考えてきました。今回はそのいくつかを並べてご紹介したいと思います。彼らの知られざる生態を通じて見えてくるものは、この国のタブーそのものです。



【ゆとり世代の能力】

2002年度(高校は2003年度)に「ゆとり教育」が盛り込まれた新学習指導要領がスタートします。それまで勉強漬けだった教育のピラミッド構造を解体し、「生きる力」を養おうという目的で始まりました。この年に高校入学した87年生まれ(今年26歳)から、小学校入学した96年生まれ(今年18歳)までの8年間の世代を、俗にゆとり世代と呼びます。

崇高な理念に則り始まったゆとり教育ですが、結果は惨憺たるものでした。円周率の「.14」を減らしても学力は向上しないどころか、低下しました。しかし彼らが勉強をしなかった訳ではありません。少子化によって誕生した個別指導塾という絶対にサボれない環境へとしっかり押し込まれました。それでも学力は下がりました。学校は何をしていたんでしょうか?

過去の世代も子供時代には「現代っ子」とか「テレビっ子」などと散々なじられましたが、今の若者の比ではありません。彼らは大人と社会が作った箱に押し込められ、大切なものを失った挙句、レッテルを貼られて生きています。「虐げられている」という言葉がどうしても頭から離れません。
 参考:Wikipedia記事「ゆとり教育」



【ゆとり教育の効果】

ゆとり教育は休日を増やしましたが、いじめや不登校は全然減らなかったし、人間性や社会性が強化されたともとても思えません。
以前、とある大学のゼミとの共同研究をした際に、所属学生とこんなやりとりがありました。キャンパスは往々にして郊外僻地にありますから、私が日中の昼間に出向くことは難しい場合もあります。

私 「今週は平日厳しいから、今度の日曜でいいかな?」
学生「いえ、日曜は休みを頂きたいのですが・・・。」

学生にも休みがあったのですね。って元々働いていないのに!?
小学生の休み癖ならば理解できますが、自分の研究であるにもかかわらずこうした発言が唐突に出てきます。かなり違和感を感じますね。



【部活動とサークル活動の変容】

「全国へ行くぞおおお!」、「お前ら気合い入れろおおお!」と、体育会系の部活はどこも燃えているイメージがありますが、彼らは決してそんなことはしません。思いの外やさしい性格です。先輩からの体罰を恐れる余り、いじめられっ子にされるのを恐れる余り、静かにクールに過ごします。熱弁と激論を交わし、時には部員同士でぶつかりながら練習に励むよりも、専ら人間関係を円滑にすることだけに意識を注ぎます。

夏合宿は種々の事情により廃止されるケースが増えています。他人と同じ風呂には入れないし、相部屋では眠れないという人も少なくありません。もちろん金銭的な事情もありますので、部員同士で議論すればするほど、最終的には廃止の結論に至ります。

コンパをしてもビールを飲むのは1~2割です。氷で薄めたジュースのようなサワーを飲むのが5割で、残りはソフトドリンクです。アルハラで死んでしまうと困るので、一気飲みは絶対にしません。タバコは健康に悪いのでほとんど吸いませんし、個人情報に抵触するので女性に電話番号を聞くこともありません。なんて謙虚なんでしょうか。



【草食男子と肉食女子】

不況下に育った彼らは、重厚長大を決して求めません。彼らはよりリーズナブルに、慎ましやかに生きる術を心得ています。少し前の世代で、多額の携帯電話料金を使う若者が話題になりましたが、今の若者はそんなことはしません。もちろん、使い放題のガラケーで我慢します。

青春で最も金が掛かる恋愛には手を出しません。結婚生活という希望を抱きません。SNSで知り合い、バーチャルデートを重ねるのが関の山です。親にねだったところでデート用の車は買ってもらえませんから、スクーターか自転車か公共交通機関で我慢します。無謀な投資は何ひとつしません。

アイドルに情熱を注ごうにも、こりん星人は捏造だったりステマ職人だったりします。AKBに握手するためにCDを50枚買う猛者も確かにいますが、多くの場合はそんなことには手を出さず、初音ミクを創造してバーチャル偶像崇拝します。

しかしこうなると、結婚や出産を夢見る女性にとっては適齢期もあることですし、非常に困ります。困り果てた挙句、草食系男子を捕まえて面倒みるしかありません。男の側もそれを心得ていて、引っ張ってくれる、養ってくれる女性を今か今かと待ち構えています。もうほとんどヒモ状態です。



【ゲームをするとバカになる?】

リーズナブルな彼らは、麻雀やパチンコなどのギャンブルにはまず手を出しません。趣味は専らゲームです。ただしゲームセンターに通う余裕は無いので、幼少時に親が買い与え、慣れ親しんだTVゲームで我慢します。最近はそれすら節約し、携帯ゲームサイトに依存する若者も増えています。

かつて「ゲーム脳」という言葉が流行りました。バイオハザードばっかりやっていると、同級生を殺害したり、バスジャックするという屁理屈ですが、科学的根拠など一切ありません。これは左翼教師とPTAが作り上げた非科学的妄想です。ゲームのプレイ後のしばらくの間、記憶力が低下することだけがわかっているに過ぎません。もちろん、学校教育の学習成果とも無関係です。
 参考:Wikipedai記事「ゲーム脳」



【オタク文化とクールジャパン】

ゲームと言えばクールジャパン。日本のアニメや漫画などのオタク文化水準は世界一ですが、民主党政権はそれを担いで輸出産業にしようと企てました。しかし、食玩や美少女フィギュアのガレキ業界でNo.1をひた走る「海洋堂」の社長はこう言います。

「俺達はずっといじめられ、オタクオタクと罵られ、変態だと蔑まれ、社会から疎外されながら生きてきた。その逆境をバネにしたから頑張って来れた。今さら国が何かしたところで、創作意欲が削がれるだけです。」

既に理系学生の半数以上は男女問わずオタクというのが私の印象ですが、その本質が世代を超えて理解されることは、どうやら永遠に無さそうですね。ちなみに、村上隆が造形した少年フィギュアは、2008年にNYサザビーズでの競売で16億円の値が付きましたが、何か?
 参考:GIGAZIN記事「サザビーズのオークションにかけられたフィギュア、16億円で落札



【若者の政治参加を排除する者】

「みぞうゆう」という国会おもしろ珍解答で有名になった麻生太郎が首相だった頃、彼が週刊少年漫画誌を愛読していることが発覚しました。開き直った彼はその勢いに乗って秋葉原へ行き、街宣演説車の屋根に上ります。詰めかけたオタク達が熱狂したニュース映像が全国に流れました。2ちゃん的に表現すれば「ネ申降臨」といったところでしょうか。

しかしニュースコメンテーターは不可思議なことを言うのです。
「選挙権の無い若者の支持の得たところで意味はありませんよ、パフォーマンスです。」

・・・はてな?

秋葉原を一度でも通りがかったことのある方なら知っているはず。あの町を闊歩しているオタクのほとんどはオジサンであり、私の世代かそれ以上です。20代の若者は少数派ですし、10代ともなれば外国人より少ないです。一体何を言っているんでしょうか?

ネ申と言えば、「神の国」発言で一世を風靡した森喜朗が首相だった頃、翌月には「無党派層は寝ていてくれればいい」との発言をして、さらに火に油を注ぎました。でもこれ、自民党総裁の本音です。無党派層が投票するほど自民党は負けるからです。

ただし問題なのは、こうした人達の発言が意図して若者を排除していることです。選挙で最も怖いのは実は若者です。普段は投票率が低いが、ひとたびブームになると持ち前の体力を使って雨でも風でも投票に行きます。政権を左右する力を持っているのです。

ちなみに今では秋葉原演説は各党の定番になりましたし、当時も今も、私は日本は神の国だと思いますよ。(歴代首相を小馬鹿にしっぱなしもマズイので少しフォロー。)



【過酷で無駄なバイト生活】

ところで、今の若者は失われた20年に生まれましたから、リストラの憂き目にあう父の背中を見て育ち、両親共働きの苦労を肌で実感してきた世代です。ですから、学費や生活費を自分で稼ぐ学生は非常に多いです。ある大学では所属学生の1/3以上が奨学生だと聞きました。

彼らのバイト先の定番は、コンビニ、ファミレス、ファーストフード、居酒屋の4つです。一見誰にでもできそうな仕事ですよね。もちろんその通りです。しかし、繁華街のマックの応募倍率は5倍や10倍を軽く超えるそうです。不況で求人が少ないからです。

そんな倍率を乗り越えてまで、この仕事をする価値はありません。学生のバイト生活は将来の社会生活にとっての糧となるはずですが、学生が学生を指導するようなこうした業態でのバイト生活には、収入を得られることと勉強をサボる口実になる以外、何のメリットもありません。だから社会性も育ちません。

ちなみにこの奨学金制度ですが、今や不況下の国家戦略的に多種多様な窓口が用意されています。しかし、昨今のワーキングプアな社会情勢においてはその返済もままならず、不良債権化し社会問題ともなっています。しかし、貸す時は気前が良くても、返済となれば救済も保護もない。これってかつての「貸し剥がし」の構図そのものですよね。

 参考:日経新聞webサイト記事「奨学金の返済で困ったら相談 弁護士ら、団体設立 」




以上の実態は私が実際にひとりひとりの学生を見聞きし、付き合ってきた過程で知った実話であり、決して特殊なケースでもありません。実際にこういう学生は大勢います。

しかしご注目頂きたいのは、彼らの謎な生態を通じて見えてくる、その背景です。今の若者が抱える問題の多くは、彼ら自身の手から生み出されたものではなく、社会や大人が積み重ねてきたあらゆる行為の結果です。しわ寄せなんです。でも、大人たちも社会も、決してその事実を認めません。本気になって救済しようという人も現れません。だからこそ、私はそこに光を当てたいといつも願っています。

長文をにもかかわらず、最後まで読んで下さりありがとうございました。次回もよろしければまたお付き合い下さい。



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若者に捧ぐ魂の叫び(2)に続く