→若者に捧ぐ魂の叫び(1)
書き上がったので連投します。
前回の文末でこう述べました。
「今の若者が抱える問題の多くは、彼ら自身の手から生み出されたものではなく、社会や大人が積み重ねてきたあらゆる行為の結果です。しわ寄せなんです。でも、大人たちも社会も、決してその事実を認めません。本気になって救済しようという人も現れません。」
若者の置かれている環境は過酷で厳しいものです。さらに輪をかけて、学生生活の最後に待っているのが、就活という最も過酷な挑戦です。
【就活という断崖絶壁】
世が不況であれば、仕事探しは困難です。かつて就活とは通過儀礼みたいなものでした。体がガッチリしていれば流通業、元気があれば商社、礼儀がしっかりしていれば事務、挨拶が出来なければ町工場という具合に、パズルのピースがそれなりに上手くはまったものです。
しかし今や、コミュニケーション不足だと言われ何十社受けても落とされます。本当の不合格理由は「自社に社員育成の能力が無いから」なのですが、そういう言い方はしません。コミュニケーション能力を養うはずのバイト先が消滅した今、彼らにこれ以上何を望むのでしょうか?
それだけの過酷な就活を強いる反対では、高齢者の再雇用政策が粛々と進められていきます。イス取りゲームの椅子は、いつまで経っても空きませんし増えません。毎年50万人の大学卒業生のうち、実に10万人が仕事に就かないまま巣立っていきます。
参考:文部科学省「学校基本調査速報」
それをやっと乗り越えて運よく仕事にありつけても、次はワーキングプアという現実が待っています。働けど働けど所得は増えないし、生活は一向に豊かにならない。圧し掛かる社会保障負担額も莫大で、可処分所得は僅か。払っても払ってもきりがありません。
【若者はバファリン】
これだけ過酷な状況に声を挙げない若者を、皆さんはどう思いますか?
バファリンの半分がやさしさで出来ているかどうかは、果たして疑問の余地がありそうですが、実は、今の若者の半分は確実にやさしさで出来ています。それを象徴するエピソードがあります。
数年前の『朝まで生テレビ』で、若者起業者を集めて将来を考えるという企画がありました。記憶では、シブヤ米を開発したギャル社長や、福祉ビジネスで成功した若社長ら20代の起業家がパネリスト出演していたように思います。
番組の終盤で司会の田原総一郎が尋ねます。
「結局のところ、一体どうすれば高齢化社会が君たち若者にとって幸せな社会になるの?」
出演者一同、シーンとします。
「おれの税金を下げろ!」とか、「年寄りをどかせ!」とか、「国債をデフォルトしろ!」とか、そういう発言は一切しません。そう言ったところで実現しないし、実現したとしても多く弊害を生むだけだということを知っているからです。
謙虚過ぎて涙が出ますが、同時に活力の無さにも呆れました。いや、起業して有名になったくらいの方々ですから、本来は活力に満ち溢れているんですよ?
さぁこうなると、さすがに横で黙っていたコメンテーター役の森永卓郎が、業を煮やして発言します。
「ワーキングプアな若者からは税金を取れないし、生活保護を受けている老人からも取れない。もう生きている人間から取れないなら、死んだ人から取るしかない。相続税100%ですよ。」
出演者一同、さらにシーンとします。(一部は苦笑)
もちろんこれは呼び水であって森永の主義主張ではありませんが、ここまで言われても声を挙げない謙虚さ。もうこれは、「やさしさ」という言葉以外では形容できません。
【戦犯は誰か?】
これほどにまでやさしい彼ら世代の幸福とは一体何でしょうか。しかしその前に、やっぱり戦犯探しをしなければなりません。無理矢理でも勧善懲悪の構図を作ろうというわけではないのですが、戦犯は確実にいます。
それは、50~70代の世代です。
今の70代以下の世代は、戦争をほぼ経験していません。命と生活を懸けて戦争を戦ったわけではないのです。むしろ50代以上は、バブル経済を謳歌した人々です。この世代は多くの得をし、また多くのしわ寄せを次の世代に放り投げましたし、今もそれを続けるべく涙ぐましい努力を続けているのです。
彼らが生まれ育った時代は、高度経済成長が終焉を迎え、日本経済が成熟期に差し掛かったタイミングです。社会インフラは整備され、家電製品や自動車などテクノロジーの恩恵にも預かりました。医療も急速に高度化したので、重大疾病を患っても死なずに済むようになった、そんな時代です。
【人口のボーナス期】
人口増加は経済に多大な恩恵をもたらします。特に、多子化から少子化へと社会が以降する次期のことを「人口のボーナス期」と言い、経済を大きくプラスに押し上げる効果があります。一時的に働く世代の割合が増えるので経済生産が伸びる一方で、子供と老人の割合が低いために負担すべき社会保障は少なくて済みます。中国は今まさに真っ只中であり、やがてはインドがボーナス期を迎えることになります。
私は、人口がもたらす経済効果は、他のあらゆる要素のメリットをはるかに凌ぐと思っています。
今の50代~70代は、この恩恵にどっぷりと浸りました。それでも飽き足らず、バブル経済を起こしてその後の20年を消滅させました。その間ずっと、公的負債を増大させ続けて、全ての果実を食べ尽くした結果、後の世代には草原どころか一面のはげ山と焼け野原だけを残しました。彼らが子供の世代にツケだけを残したことは、厳しい見方ですが否定しようのない事実です。
公的負債、すなわち借金をするという行為は、未来を浪費することです。後に残ったのは1,000兆とも2,000兆とも言われる莫大な負債です。しかもこの世代は、自らの借金を1円たりとも返済していません。身から出た錆に過ぎない不良債権処理にも莫大な税金を投じたことを、私も次の世代も決して忘れていません。にもかかわらず、彼らは全く反省することなく、今なお老後保障の充実を求めています。図々しいですね。
さらに最も不幸だったのは、この20年間が「人口のボーナス期」とは正反対の、「人口のオーナス期」と重なったことです。
参考:東レ経営研究所『「人口オーナス」期は「失われた20 年」』
【追い打ちをかける人々】
もっとも、上記のような経済力学がわかってきたのはずっと後のことです。しかし、それを差し引いたとしても、余りある不公平感を抱かずにいられません。
彼らが息子の世代に対してしばしば使う、古典的セリフがあります。
「今の若い世代は何でも豊かで良いよな」
「お前がダメだから就職できないんだ」
「おれたち先輩や先祖を見習って頑張れよ」
こういう言葉を耳にする度、私は首を傾げたくなります。この人達は一体何を言ってるんだろう、と。
「今の若い世代は何でも豊かで良いよな」
豊かなのは物質的なものだけであって、生きる上での実態社会は過酷そのものです。いや、道路も橋もトンネルも、マンションも上下水道も全部寿命を迎えていますから、物質面でもコンクリートの壁の内側は貧しさ極まりないというのが実際です。若い世代はこれを造り直さなければなりません。
「お前がダメだから就職できないんだ」
親の世代、すなわち若者全員が就職できた時代に教訓など無いし、それを当人から言われることほど腹立たしいものは無いでしょう。そんなことを言われ続ければ、若者は全員、鬱になってしまいます。
「おれたち先輩や先祖を見習って頑張れよ」
何よりも、彼らバブル世代に見習うべきものは何ひとつありません。戦争を生き抜いた前の世代が命がけでこの国を復興し、経済大国へと導いたのです。その礎は高度成長期であって、バブル期ではありません。親の世代が築いた資産を我がことのように言い、子供の貯金までも食いつぶす。敷かれたレールに乗れたことは単なるラッキーに過ぎないし、酒を飲んでゴルフに明け暮れた世代が言う事ではありませんよね。
参考:過去記事「姥捨て山という世代間闘争」
私は声を大にして言いたいです。
今この日本で動乱が起これば、真っ先に斬首対象になるのはあなた方では?と。
【これからの幸福論】
そんな若者たちの幸せとは一体なんでしょうか?
新国王夫妻が来日して話題となったブータン王国が、GNH(Gross National Happiness/国民総幸福量)を重視するという話はとても有名になりました。日本はこれまで経済面の豊かさ=GDPを国家指標として用いてきましたが、その土台がかなり怪しいものであることは以前の記事でも述べた通りです。
参考:過去記事「日本は本当に市場経済か?」
それに対して国民総幸福量は、精神面での豊かさを数値として追求するものです。しかし果たして、幸せとは数値化できるのでしょうか。社会がこれだけ多様化し細分化した経済大国の日本ですし、幸せの価値観は世代や地域によっても相当な格差があるように思います。
参考:ブータン政府観光局webサイト「国民総幸福量」
【幸せとは何か】
今の若者世代は、右肩上がりの人生を期待せず、ある意味では若くしてそれを悟っている世代です。「ゆとり世代」をもじって「サトリ世代」とも呼ぶそうですね。統合失調症についての記事で取り上げた、「べてるの家」の教えのようです。全然無関係なのに同じ言葉に行きついてしまう。不思議ですね。
参考:過去記事「統合失調症障害者の家族として(5)」
私が「何が幸せか」を考える時、昔見たTV番組で、どこかの国の原住民族の言語について取り上げた興味深い話をいつも思い出します。その村の土着言語には、「幸せ」という単語が無いんです。対義語の「不幸」もありません。言語学に基づいていませんので卵が先か鶏が先かはさて置くとして、毎日が幸せだと不幸という言葉は生まれないのですね。
村人達は、人が死んだら数日に渡って泣きながら葬儀をし、喪にも服しますが、その後はケロっとしています。人間の幸せって何なんでしょう?
ただこの番組、ネット検索しても、そのネタ元がどうしても出てきません。ウルルンだったような気もするのですが、どなたかご存知でしたら教えて下さい。
【変化はいつ起こる?】
私の時代も「今の若者は・・・」と散々言われましたが、現代とは比べようもありません。私の世代が社会へ出た時には、もうバブルははじけていましたが、少なくとも子供時代は好景気でしたので、健全な精神を養う土壌が十分にありました。しかし、今の20代は違います。その土壌は痩せて枯れ果たものでしたし、彼らは物心ついた時から嫌と言うほど苦労を味わってきました。
「ゆとり世代」は大人が作ったものであって、彼らが非難されるべきものではありません。大学全入時代も就職難も社会の都合であり、彼ら世代が能力不足だということは誰にも証明されていません。にもかかわらず、です。
これだけの否定的価値観と閉塞感に包まれれば、いずれ変化を求める誰かに立ちあがって欲しいと、根拠も無く期待してしまうのは人の常です。私はそれを期待するあまり、彼らを何としてでも擁護したいという気持ちになります。
渡部昇一によれば、日本の国体の変化は今まで5回あったそうです。
①用明天皇が仏教を受容したことによる、唯一神の時代から神仏習合への変化。
②鎌倉幕府が守護・地頭を設置したことで始まった中央集権構造。
③承久の乱によって皇位継承の実権を武家が握る、北条執政の時代。
④明治維新における議会政治の始まりと近代化。
⑤敗戦とGHQ統治によって形作られた現国家体制。
そして今は6回目の変化を待っている状態だそうです。こうなるとやる事はひとつ。革命です。いいですね~、血が騒ぎます。援護射撃しますよ全力で。
決定版・日本史/扶桑社

¥1,470
Amazon.co.jp
この記事を読んだ方には、彼らの本当の姿に今一度目を向けて頂きたいと強くお願いします。若者の未来に大いに期待しつつ、それを託す立場の世代として襟を正しつつ。
今回も最後まで読んで下さりありがとうございました。
面白かったらランキング上げて下さい→