年配者を尊び、敬い、思いやり、ゆずり合う。こうした精神は、健全な社会基盤の維持に必要不可欠ですし、大切なことです。でも、平日昼間に電車やバスに乗ることの多い私には、これって本当に必要なんだろうかと思ってしまうことが多々あります。
電車を降りる人を待たない。列に並ばない。割り込む。公共の場で大声で話す。公共の場で飲み食いする。荷物や肩が他人にぶつかっても詫びない。注意して見ると、こういう行動をする人のほとんどが年寄りであることに気付きます。
ひと昔前、若者が座席を譲らない、若者のマナーが悪いと言われた時代がありました。駅構内や電車内にそうしたメッセージ広告がよく見られました。でも最近はあまり目にしません。そうです、マナー違反の若者は最近減っていて、年配者のマナー違反が増えているのです。
尊敬や思いやりは、ただ年を重ねれば得られるものではないでしょう。尊敬に値すべき行動や規範に裏付けられていなければなりません。
実際に、大学生と会話してみるとよくわかりますが、最近はとてもやさしい若者が増えています。大人しい学生は多いですが、節度は備えています。彼らは、デフレ不況と財政逼迫の時代を生きていきます。圧し掛かる社会保障負担も過酷です。
さらに就職活動では、企業からコミュニケーション能力不足、主体性不足と非難されます。非難する人たちは、バブル経済を謳歌し挨拶もろくにできないまま就職できた人々です。
若者はそんな世代を本当に許してくれるでしょうか。私には、この国は姥捨て山という世代間闘争に向かって走り続けているように見えます。
若者の若者による若者のための政治、若者のための社会実現が必要です。
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【訂正】「国の借金」を書きなおしました。理由はこの記事に記載。