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宗教はタブー
宗教観と国際化
さて、日本人には様々な特殊性がありますが、神仏習合という傾向性もそのひとつです。
旧約聖書に始まるユダヤ教、そこから生まれるキリスト教やイスラム教は、唯一神を持つ一神教ですから、日本人の宗教観とは比べ物にならないくらい厳格です。
厳格なイスラム教国では、宗教の選択という自由はありません。全ての国民は生まれながらにしてイスラム教徒であり、私たちが知るところの「改宗」という概念そのものがありません。他の宗教を崇拝するのは法律に違反しますので罰せられます。
一方で、アメリカは欧州で迫害されたプロテスタント系移民によって始まった国です。宗教の自由が保障されてはいるものの、大統領は聖書に宣誓して就任します。婚姻は結婚証明書を役所に提出しなければなりませんが、証明書は教会で挙式しなければ貰えません。つまり、国家体制は宗教によって裏付けられている部分が多く、世界の警察を自認していても公平中立とは言えません。だから、9.11から始まった一連の戦争が「宗教戦争」と皮肉られてしまうわけです。
さて、それでは日本はどうでしょうか。以前にも書いた通り、日本人の神仏習合という特殊性は非常に寛容で、他国の一神教的な価値観とは対照的です。
普通、新しい宗教を受け入れようとすると、旧来の宗教と対立が起こります。古代の国家体制は宗教と密接にかかわっているため、国家や文化の衰退とともに古来の宗教は破壊され、新しい宗教の下に新しい国家体制が築かれるということが繰り返されます。日本では6世紀頃に仏教が伝来したので、当然そこでも対立が生じました。
しかしここで面白いことが起こります。当時の日本は天津神の子孫である天皇家を中心とした体制でしたが、当の本人である用明天皇は崇仏派で、なんと仏教をすんなり受け入れてしまいます。渡部昇一氏によれば、用明天皇は「仏の法を信じられ、神の道を尊ばれた」人との記述が日本書紀にあるそうです。自分以外の神を受け入れてしまう神様という構図はなんだか面白いですね。その寛容さに驚きます。
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世界史の上で、宗教は多くの戦争を引き起こしてきました。『文明の衝突』が規定した世界史はこれからもしばらく続きます。そんな中に合って、この神仏習合という特殊性はその真逆と言っても過言ではありません。日本人は異なる宗教に対してとても寛容なのです。日本は世界でも稀に見る政教分離国家ですが、それは憲法によって規定されているだけではありません。その起源には、神仏習合という特殊性によって裏付けられてきた古代から続く歴史があります。(もちろん、宗教マイノリティーからは納得いただけないかも知れませんが。)
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宗教はタブーにするべきではありません。飲み屋でも大いに語るべきだと思います。むしろ、他者理解に長け、極めて寛容で平和的な日本人の特殊性は、正しく理解されるべきですし誰もが誇るべきものです。この素晴らしさを胸張って世界へ主張し続けることができれば、いつか日本が世界平和に大きく貢献できる日も来るのではないでしょうか。
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文明の衝突に続く