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この国のタブー

素人がタブーに挑戦します。
素人だけに、それみんな知ってるよ?ってこともあるかもしれませんが。
コメント、質問、大歓迎です。お手やわらかにお願いします。

 続編ですので、前回の投稿はこちらをご覧ください。
 →死とは忌むべきものか(1)
 →死とは忌むべきものか(2)


以前に書いたテーマの続きです。このネタをまた書こうと思う切っ掛けは、1月の読売ジャイアンツ元韓国人投手、趙成珉(チョ・ソンミン)の自殺報道です。ニュースを見ていてふと沸いた疑問を調べているうちに、2か月が経ってしまいました。

私は趙元投手のファンではありません。興味を持ったのは自殺そのものではなく、その行為を非難する韓国メディアの報道内容でした。日本では、訃報報道は押し並べて同情的で、それが有名人の自殺ともなれば、ワイドショーを悲壮感タップリに演出するのが定番です。しかし韓国では、有名人の自殺は非難される傾向にあるそうです。亡くなった人を非難するというのは、驚きとともに興味を抱きました。


趙元投手は恋人のマンションで首つり自殺したので、私は最初、それが非難の元と思っていました。しかし調べてみると、彼は生前からネット上で叩かれていたようです。彼の経歴は、韓国アマ野球で活躍した後、韓国プロは経ずに読売ジャイアンツに電撃入団したことで知られています。それも8年契約という異例の高待遇です。プロ経験のない若手外国人選手では初の青田買いでしたし、当時は韓国国内からも不評を買っていたと記憶しています。後に韓国人気女優と結婚しますが、やがて彼のDVを原因として離婚。しばらくして元妻は子供たちを残し自殺しています。さらにその後、元妻の実弟であるタレントも自殺しています。背後関係は調べていませんが、二人の自殺についてネット住人たちは、非難の矛先を趙元投手に向けていたのだそうですね。ただ、それらはあくまでネット住人の憶測ですから、マスメディアが非難する理由は少し異なるようです。

彼の自殺が非難される背景は少し複雑です。まず韓国は儒教国家である一方で、国民の3割がキリスト教徒です。キリスト教の教義は自殺を固く禁じていますから、自殺に過度に同情することがなく、むしろ否定的です。まずこの辺りが日本人の価値観と違うようです。

さらにその上で、非難される最大の理由は、韓国における自殺者の急増です。「OECD Factbook 2010」によれば、韓国の人口10万人あたりの自殺者数は21.5人で世界一です。これは、米国やOECD諸国平均と比べて約2倍という高水準で、この10年間は急激な増加傾向にあります。盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が不正献金疑惑の最中に自殺したことも、記憶に新しいところです。格差社会と高齢化の問題が益々深刻になる中、自殺は大きな社会問題となっているのです。
 参考データ:OECD東京センター「自殺者数」

加えて近年では、ウェルテル効果が強く懸念されているそうですね。これは、有名人の自殺が報じられると、その影響で自殺が増加してしまう現象の事です。趙元投手もそうであるように、自殺は連鎖します。心理学博士の碓井真史は、この現象を「恐ろしい伝染病のように」とまで表現しています。つまり、趙元投手は負の連鎖を引き起こす張本人として非難されてしまったわけです。「なるほど」と思いました。
 参考:いのちのことば社「自殺の連鎖を断ち切ろう」


ところでこのウェルテル効果ですが、日本では18歳で自殺したアイドルの岡田有希子や、X JAPANのhideの自殺の時に問題となりました。しかし、日本のマスメディアは自殺者を非難しません。犯罪や騒動、不貞や離婚を繰り返してきた芸能人までも、同情的に報じてしまいます。恐らくは故人や遺族、ファンへの配慮を優先するのでしょう。しかしその結果、ウェルテル効果を引き起こすというのは腑に落ちません。

ちなみに、日本の自殺率は人口10万人あたり19.1人で、OECD諸国では3位、先進国では世界一です。つまり、韓国とそう変わりません。自殺率の増加要因とされる、格差社会の固定化、高齢化などの社会的背景も似ています。ならばメディアは、お悔やみよりもまず自殺を否定すべきです。「良い人だった」ではなく「死ぬべきじゃなかった」と報じるべきです。
また最近、いじめを苦にした子どもの自殺が止まりません。しかし、「自殺は卑怯だ」とか「一番カッコ悪い死に方」とは誰も言いません。いじめっ子とその親と、教師と学校と教育委員会を悪者にして退治する、お決まりの勧善懲悪の構図を作ります。それが「自殺すればいじめっ子に仕返しできる」というイメージを膨らませているのです。
死者に鞭打たないというのは結構ですが、全ての死を祝福することが常に正しいわけではないのです。自殺が社会にとって大きな不利益になることも知っておくべきでしょう。



さて、過去の記事でも書きましたが、最後にまた同じことを書きたいと思います。

人が生まれた瞬間に、唯一決定していること。
それは「いつか死ぬ」という避けがたい事実だけです。

一般的な日本人にとって、死は悲しく不幸なものであり、故に哀れみや同情を誘います。しかし、それを過度に受け止めてしまう社会は問題です。死は生と隣り合わせであり、誰もがいつか辿り着くものです。永遠に禁忌しタブー視し続けることはできません。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。次回は、日本人はいつから死を忌むべきものとして捉えるようになったのかを書きたいと思います。日本神話の話です。



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死とは忌むべきものか(4)に続く