あい。とは | mAmIのありったけ嫵露颶

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ことごとく中途半端。ですが思いは成り立つコトを得意としていません。これは私のありったけです。キレイに見えるモノもすべては不純物の集合体でしょ?矛盾ばかりの世界、誰もが救われるようになってます。自分の正義を信じましょ。

鍵っ子
が羨ましかった。小学中学時代。
カギすら持たせて貰えなかった私たちからしたらカギを持たせてもらえているだけで信頼されてるってコトだと思う。

何度カギを作ってとお願いしたかわからない。
何度カギをどこかに隠しておいてとお願いしたかわからない。
何度ガラス戸のカギをあけておいてとお願いしたかわからない。
家に入れない不思議に何度ガラスを割ろうとしたかわからない。

一度ガラスを割って中に入ったコトがあったけど、中に入ったところでぽっかり空いた穴から入る風が胸にも空いたコトと罪悪感が混じり合って気持ち悪かったコトが刻まれるだけだとわかった。

穴の空いたガラスは塞げるけど胸に空いた穴はふさがらない。

私が想い描く理想の家族と
実際はほど遠い家族関係だと思う。

うわべだけ見れば
家族が仲いい風に見える。

兄弟3人グレなかったのも父の仕事のおかげだと思うけど、それと同時に恨む原因にもなる。

何の疑いもなくコレが当たり前だと思うしかない日常。

大人になるにつれ周りがどんな人生を歩んで来たか聞いても私は自分の事を話す事は一度もなかった。
今年初めて腸もみの先生(女性)にやっと話せた。
それでやっぱりおかしかったんだと納得できた。


私が小学校1年生から母がパチンコ依存症なのは一生消えない事実。

本人も父もそれを病気だと知ってか知らずか治そうとしてこなかった。

私の勝手な見解。
弱い心のまま結婚し、子供をつくった結果だと思う。
何に対しても文句、悪口。
それを聞いて見て育った私がそうならないハズがない。
こころが穏やかじゃなかったりイライラしたり、父に怒られるよと言われて育ったセイで周りからは冷静に見えていても内心はいつもビクビクしていたのが環境のセイだと最近までわからなかった。

私がわたしで在るコトが罪悪感だった。
それでも、命を投げなかったのは妹と弟がいたから。
想い描く理想があったから。
鬼束ちひろの歌に助けられてたから。


亡くなってる父の母の悪口を未だに吐く母。
おばあちゃんもヒドイけど…。
父の悪口も一生言い続けるのだろう。
いつも弾丸で喋る。
黙っていれば毎度毎度同じ悪口を1から10まで脚本でもあるかのように喋る。
私の話など母の話を遮らない限り一生喋れない。
遮っても母の話に終わりは無い。
それでも私の母だという事実は変えられない。
いいところももちろんある。


そんな母が夜遅くパチンコから帰って来た時は私に答えばかりを求める。
心配してるんだよオーラ…
昔から変わらない。

パチンコに勝った時、負けた時、聞かなくても母の食事内容を見ればスグわかる。
一緒に住むまで忘れていた記憶をすべて思い出した。

ストレス発散だと受け止めるしかない。
ガンの父を家に残してパチンコへ。
駐在所に縛り付けていた反動でもあると思う。

パチンコへ行かない事を誇らしげに言う日から日に日に悪化する日常。
お金さえ与えればイイお金持ちみたいな考え方。
ごはんさえ作ればイイ。
最終的に夕御飯は作らず出掛ける。
掃除も洗濯も出来るのに中途半端で出掛ける。
理解は出来ないから受け容れるしかないでしょ?

葬儀後の翌日に左肩脱臼して骨にヒビが入って全治6週間なのに1週間経たずにパチンコに自力で行くの。
母の人生だものもう何も言わない。
何度も言ったよ…
言ったところで聞く人じゃない。
正しいも間違ってるもその人間のモノサシ。
母を見捨てるワケではない。


最近、外傷があったらどれだけよかったかと思う。
無いから気付かなかったの。何も。
見て見ぬ振り。忘れる。
でも、記憶を消去出来てない現実。
本気で笑えない。


私が高校生の頃、兄弟3人で宗教に入った事もあった。
何かにすがりたかったのかな…
でも、そのたたえられてる人が他の宗教の悪口ばかり口にして笑いにしているのを見て深入りせずに済んだ。


私の理想の家族像を語ったら笑われるかもしれない。
けど、それぐらい夢がなかったら現実受け入れられなかった。



私がわたしで在ればあるほど幸せに気付きやすいの。
認めたくない感情も受け入れたい。


どんな時も
こころをいつも
穏やかに
心の平和が
幸せないまを
つくるから
安心して笑顔で
歩んでいこうね
自然体でリラックスだよ

私の波動で描いてくれたコトバたち。
泣かないハズない。
迷いを確信にしてくれた。

境遇に嘆いていてもはじまらない。
私はわたしになること
わたしで在ることを受け容れたい。

すべてに感謝。