去年と呼ぶ2012年のこの時期は
店の運営会社が代わり経営体系がガラリと変わって苦しんでいた記憶。
思い出したくもない。
朝・昼・夜ワケわからん状態で仕事の為に生きている気しかしなかった。
同僚はとてもイイ人だらけで恵まれていたが
春、限界を超えて肥えて退社。
併売店の携帯電話販売という未知の世界に足を踏み入れた。
儲かる仕組みがよくわからないがイイ人たちに恵まれている。
お客様も従業員もイイ人ばかり。
2011年2012年
年上女性二人とのそれぞれの出逢いがキッカケで人間関係のリハビリが進行中なうw
2012年
夏、父がスキルス性胃ガンと診断される。
ステージ4との診断だったらしい。
両親と離れて暮らしているから異変にも気付かず…
母、妹、弟が途方に暮れている中でも私は大丈夫だと根拠の無い感覚的な自信があった。
今考えると、その病気の事も知らずに予感だけなんて相当な楽天家だ。
母、妹は自分で出来る限りの情報を集めて最善を尽くした。
弟は会社を辞める覚悟までして両親の元へ帰ろうとしていた。
私は…特に変わらない生活を送った…
ハズだけどそうでもないかな…今考えると吐き気をモヨオス。今更…
休みの度に会いに行ったが、病院が嫌いすぎて生気を吸い取られていった。反応・感覚・感情offにしすぎててよく覚えてないや…
ここ何年かの間におばあちゃんが亡くなったり、父の兄が亡くなったり、人間の死というモノを体験してきた。
いざ目の前まで来たぞと現実を突きつけられると背中がゾクゾクした。
手術の前に何度も主治医の先生とのやりとりが繰り返されたが結局のところ
『開けて見ないとわからない』
との回答だった。
母の父が同じ病気だったらしく…
というのも祖父は私が生まれる前に亡くなっており、原因は聞いたことがなく、父の手術が終わったあとに聞いた。
祖父は手術をしたが何も施せず亡くなっている事から母は気が気じゃなかったらしい。
それでも父に明るく振る舞う母の姿は忘れられない。
私が休みのある日
母『父が日に日にピリピリしてきたから今日は行かない』
と私一人で付き添った日があった。
大安だったからか御見舞いの人の数が多く、私と話す時間が一番少なかった。父の人望のアツサを思い知らされた。
休みなく人と会って話をして疲れているであろう父が
『母は何時頃来るって?』
と聞いてきた。
昨日ケンカしたから来ないってさ~
と言うと
ふ~ん…
と残念そうに次の御見舞いの人の元へとゆっくり歩いていった。
母に父がさみしそうにしてるとの報告。
『明日は行くと伝えて』
との返答に勝手にやってろ!と笑ってしまった。
父の病気で人の支えの下に生きている。
生かされている。
というコトについて改めて気付かされた。
面会をすべて終えた頃には感情も和らいで笑顔で優しくなった父を見て、人が関わり合うというコトが生きるというコトか…
と。
手術の日
朝からずっと病院で待機
みんなでiPad。おのおのの時間をiPhone、iPadを利用して過ごした。
ハタカラミタラ冷たい家族だろうなぁ。
終わる時間の18時になっても手術は終わらず2時間が経過した。
終わったとの電話
先生との対面
切除した部分の実物を見ながら説明を受けた。
手術は無事成功。
今では仕事復帰も果たした。
ってなワケでワタクシ今年も生きよ~っと♫
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