2011.10.5

この日、まさにこの午前中
東京の某病院の手術室の
ベッドの上にいました。

はじめ、下半身麻酔が効いて
とても寒くて寒くて
ガチガチ震えていたのを
思い出す。

11:15
カーンカーンという音で
目を覚ます。

ドクターの
「あれ小さいね、入らないな」
と言う声。

時計を見る。

11:45
終了を告げられ12時前に
部屋へ戻り、母、叔母と会話をし、
一口ヨーグルトをすする。


私が左足を人工関節にして
まる4年がたちました。

おかげさまで本当に
左足は絶好調です。




2011.6月
仕事の年度が替わり、
内容やメンバーが入れ替えられ
安堵と緊張の2か月の間
人が見えないところでは
杖をつかわないと歩けず

3分離れた駐車場へ行くのもやっと。

それくらい左足股関節は
軟骨がなくなり、
こわばり
動かなくなっていた。

立ち止まることもしばしば。

しゃがむ
直に座るなど皆無。


右足にかかる比重が大きく
ふくらはぎは常にパンパン

もうマッサージも効かない。

電話に母で泣き言を言う。

母「もうそんなに痛いならやっちゃえば」

私「でもお金とか…」

しばし沈黙の後、母が発した言葉。

母「大丈夫よ、なんとかなるわよ」


もう私は号泣。

母の妹、叔母も美容師という仕事柄
足に不可がかかり、私の前に同じ
股関節を人工に入れ替えた手術を
していたこともあり、

病院も
先生も

あれよあれよ、と診察日が決まる。

診察日は7月の中旬になった。



ほんとうはもっと遅らせたかった。

でも夏休みになってしまう…

地方から出向くので航空券が
取れなくなる、
高くなる


もう観念して
もうどうせするなら一刻も早く


手術が怖いとか
障害者になるとか

もうそんな事はどうでもよく

とにかく整形は
切ってくっつければ
内臓と違って
どうにかなるでしょ、
という思い。


7月中旬の診察を終えトンボ帰りし
私は地方ゆえおおよその手術日を
決めてもらい再び飛行機、
今度は片道のみの手配。


地元の整形外科のドクターや
PTにサポートしてもらいつつ

9月末、再び東京へ移動。

入院日の電話連絡。

金曜日に入院し準備。
土日を挟んだため6日目に
手術となりました。

この日は、
スティーブン・ジョブズ氏が
亡くなった日。

絶対忘れません^^


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