毎日コツコツと! -13ページ目

毎日コツコツと!

こんにちわ幸せ研究家のフッタです。

(主な登場人物) 
・フッタ 私 幸せ研究家 日中は看板屋
・長男 RIKU 9歳 自閉っこ 支援学校3年生
・二男 YUU 4歳  幼稚園     
・三男 NAO 3歳  家
・妻  mama 家

昨日の地震も怖かった・・・


皆寝静まっている時に3男の直斗が俺とママの財布を物色していたのに気付きすかさずゲンコツをお見舞いしてママも起こして散らばった財布の中身を片付け終わったところに、地震がきました。


今はママのお母さんと妹も一緒に暮しているので、7人で窓際に固まって地震が治まるのを待ちました。


前回の大地震の時は会社の外にいたのですが、今回は家の中なので余計に揺れを強く感じました。


家が壊れると思ったのですが、大丈夫でした。家族も全員無事です。


それにしても、いつになったら安心して眠れる日がくるのでしょうか・・・



今日の現場も危険でした。


最近は危険な仕事ばかり。


4号バイパス免許センターよりも仙台側にあるバイク屋さんの屋上看板が落っこちて隣の建物とバイク屋さんの間に挟まっていて、それを撤去しました。


看板の下敷きにならないように気をつけながら慎重に作業をして無事に撤去することができました。


しばらくは危ない仕事が続くだろうと思います。


せっかく生かされた命なんだから、どうでもいいことでムダにしないように気をつけようとおもいます。


最近よく思うのは、はしごに登ってる時に地震がきたらどうしようか?です。


社長に話したら、「そんなこと心配することはない」と言われました。社長らしい考えです。


地震がきた時の事を想定して作業するようにすれば、安全性は上がると思うので、今地震がきたらどう動くかということを考えて日々行動しようかなと思います。







危険な仕事だった。


途中まで順調だったのでそこまでは心配してなかったのだが、いつ事故が起こるのか分からない危ない仕事だ。


建物の壁に幅1.3M長さ5.5M厚みは30cmほどの、鉄骨看板で文字型のネオン菅が下地の鉄板の上に取付けられている。


大地震で壊れてしまった壁を補修するためには看板を外さないといけないということで、今回の仕事が入った。



クレーン車にステンレス製の人が一人乗れるくらいの大きさのバケットを取付けて、リモコン操作で電線の間を潜


り抜けて、まずネオン管をはずした。この看板は壁を補修した後に復旧するのでネオン管を壊さないように、


気をつけながら、はしごで上ってきてる職人に手渡す。


慎重に作業していたので、時間がかかってしまった。下で見ていた社長がせっかちな人で、「一番上のネオン管


は外さなくていいから!」と怒鳴っている。


俺は「ネオン管が壊れたら危ないので外しましょう。」と反論すると


社長は「いいがら!外さなくていいがら!」と・・・


いちよう反論しておけば何かあった時に「だから言ったじゃないですか」と言えるのでいちよう反論はしておく。


しかし、現場でいちいち口論してられないので大概は妥協する。


一番上の文字のネオン管を残して、真ん中と下の取り付けボルトを外した。


看板自体も地震の影響か、それとも古いからか取付けボルトがかなり緩んでいて簡単に外れた。


後は上のボルトを外すだけだ。屋上に職人と二人で上って、下には社長ともう一人の職人。


看板の下にロープを結んで看板が風が吹いてきた時にタコみたいにならないように下でコントロールするのだ。



いよいよ看板を壁から引き離す、作業の山場だ。俺はこの瞬間が恐い。しかしそれと同時に生きていることを実


感する血が沸き立つ瞬間でもある。


クレーン車で看板を吊り上げて壁から看板を引っぺがすと、急に強風が襲った。


看板がグルグル回り、電線にもぶつかり血の気が引いた。


下で結んでいたロープは何故か外れている。


社長が職人を怒鳴りつけていた。


上にいる俺ともう一人は、ただ見てることしかできない。


看板が壁にぶつかったら、ネオン管は割れる。


下に走っておりていった。そしたら風は弱まり危ないところは終わっていた。


無事に看板を地面に下ろして、ほっと一息。


何ごともなかったかのように皆で片付けて作業終了。


ロープを結んだ職人のせいだと社長は言っていたが、クレーンを慎重に操作しなかった社長の方がどちらかとい


うと危険な事態に発展した原因を作ったと俺は思った。


だけど、終わったことだ。次から気をつければいい。



最近読んでる小説のせいで変な感じの文章になってしまったんですけど、気にしないでください。


それと内容が分かりにくいかもしれませんよね。すみません。



地震が起きてからガソリンがなかなか入れられなくなったので、自宅から多賀城の会社まで、自転車で通勤しました。

通勤路はガラスの破片や金属の破片などが散らばり非常にタイヤにやさしくなく2度もパンクしてしまいました。

空気も悪いし、花粉のせいかホコリのせいか目がかゆくなって仕方がありませんでした。

先週の土曜日に4時間並んでやっとガソリンを3000円分入れられたので
今日から車で出勤しました。

それにしても心が痛くなります。いたるところに津波にさらわれた車があるんです。

この車の中で亡くなってしまった人もいるんだろうなと思うと。

無念だったと思います。もっと生きていたかったと思います。