今日は、人気の花スポットを回る。

 舎人公園(足立区)はネモフィラ根津神社(文京区)はつつじ祭亀戸天満宮(江東区)は藤。根津と亀戸は明日までがイベント期間。

 このうち舎人公園は初訪問。根津と亀戸はほぼ毎年来ている気がする。さすがにつつじと藤は見頃を過ぎている感じで、まあなんとか見られないことはないか、といった程度。ネモフィラは何せ初めてなのでこれが盛りなのかどうかがわからないのだけれど、たぶん良い感じなのでは。

 

 

 

(日暮里・舎人ライナー)

 というわけで、まずは舎人公園へ。ここへの公共交通機関は日暮里駅から出ている日暮里・舎人ライナーしかない。そうか、バスもあったか。

 このライナーは前に一度乗ったことがあるけれど、モノレールみたいな感じの、かなり高いところを走る乗り物。モノレールとはどこが違うのだろう?

 日暮里駅に着いて日暮里・舎人ライナー乗り場に向かう。JRよりもさらに高いところにエスカレーターで向かう。ホームに立つとかなり高い場所にいることがわかる。まわりのビルと比べるとだいたい6階くらいか。ホームドアと呼ぶのかどうか知らないけれど、車両との間は完全に仕切られていて、転落しようがない構造。車両に乗り込むと、改めて、高いっ!と感じる。

 最初は回りに高いビルがあるけれどしばらくするとそれほど高い建物がないので見晴らしが良くなる。無人運転なので先頭車両の先頭では前の景色をずっと見ていられるようで、それはすごい迫力と思う。帰りに見よう。

 興味深いのは、駅に着くと景色を遮る囲いがあること。これはまわりのプライバシー保護ということなのだろうか。それとも騒音防止みたいなものなのだろうか。前に神戸で似たようなものに乗っていたら、特定の区間だけガラスが白くなって透明でなくなるというのがあって、それは住民のプライバシー対策らしいのです。なんだか、「やってます感」でやっているような感じもするけれど。この日暮里・舎人ライナーで駅の場所だけそうしている理由は知らない。

 

 川を越えてしばらく進むと緑に覆われた場所が見えてきて、これが舎人公園だった。日暮里・舎人ライナーはこの先に舎人駅と、見沼代親水公園駅の二つの駅があるのだけれど、乗客のほとんどがこの舎人公園駅で降りている。待てよ。この先に「見沼」があるなら、どうして「日暮里・見沼ライナー」という名前ではないのだろう?

 

(舎人公園)

 改札を出ると、どうやら公園は東西にあるようだ。ネモフィラはこちらという表示があるので東側に降りる。

 

 

 今日は良い天気ということもあってか、たくさんの人が降りてきた。そしてみんな同じ方向に向かっている。これは道に迷わなくて済むので便利ですね。

 青葉のとても気持ちよい公園。そして陽光。まさに行楽日和。

 でも、結構歩く。かなり大きな公園だ。

 10分くらい歩いたのだろうか、とうとうネモフィラに着いた。そんなに大きなスペースではないのだけれど、真っ青な花が一面に咲いている。いやあ、これはすごいですね。たくさんの人が来て、思い思いに写真を撮っている。

 

 ネモフィラの 前でおすまし 皆、モデル

 

 ネモフィラをこうしてまじまじとみるのは初めてだけれど、一つ一つは小さな花なのが、これだけ固まりになることで一面の青色を構成している。やはり「青」の花というのは、鮮やで、そしてインパクトがある。みつばちも花から花へと飛んでいる。

 ネモフィラをぐるりを回ってみる。売店にはえらく長い行列ができている。100人以上はいる。ネモフィラアイスみたいなものなのでしょうか。

 夜にはライトアップもするらしく、それはそれですごいのだろうと思うけど、やはり花は陽光下で見た方が良いと思う。(負け惜しみではなく。)

 

 ネモフィラはこのくらいにして公園内を少し歩く。大きな池がある。釣り禁止という表示の前でおっちゃんたちが堂々と釣りをしている。池の縁で椅子を固定させる器具を使っていて、なかなか本格的。この公園は都の外郭団体の管理だと思うけど、何も言わないのだろうか?そもそも何が釣れるのだろう?

 

 

 しばらく歩いて舎人公園駅に戻る。

 

(日暮里へ)

 再び日暮里・舎人ライナーに乗る。今度はいちばん後ろの車両のいちばん後ろ近くに立つ。座席は既に埋まっている。

 いやあ、やっぱりすごい迫力。特に川を越えるあたりは高さが変わっているように思われ、ちょっとした遊園地気分。

 

 この先にどこに行くか。根津(つつじ)、亀戸(藤)の他に上中里の旧古河庭園(バラ)も候補に考えていて、そこに行くなら終点の日暮里まで行かずに西日暮里で乗り換える手もある。

 一方、先日BSで見た「ドランク塚地のふらっと立ち食いそば」で紹介されていたお店が日暮里にあり、そこも気になる。

 というわけで悩みつつ、結局は日暮里駅まで乗った。

 

 日暮里に来たら毎回立ち寄るのが「羽二重団子」。駅の東口から少し南に進んだところにお店がある。でも、先日行った際に、閉店時間間際に行ったのだが、私の後に来たお客に対して「駅のそばにある店ならまだ大丈夫」という話をしていた。今日はそちらのお店に立ち寄りましょう。

 というわけでスマホで場所を調べて行ったら、おお、ここか。「HABUTAE」と書いてある。なんだかちょっと見にはわからない感じ。先客は2名で、いずれも道路に面したカウンター。私も同じく。先客の容器を見ると団子ではなくあんみつ的なものを頼んだと思われる。

 定番の羽二重団子(こしあんとしょうゆの2本)を注文。660円

 お茶は熱いので気をつけて、とのことなのだが、それほど熱いとは思わなかった。もっとギンギンに熱くてかまわないのですが。あっさり甘さ控えめのこしあんと、こちらもあっさりの醤油味。 さらりとしている。こういうのが「粋」、ということなのだしょうかね。

 パイナップルのかき氷とか、唐辛子の団子とか、ちょっと色もの的なメニューもあるようで、たぶん本店はそんなことをしていなかったと思うので、そういうのはこの店独自メニューなのでは。知らんけど。

 

 

 店を出たところにあるラーメン店に大行列ができていた。人気店なのだろうか。

 

 日暮里・舎人ライナーに沿って西日暮里方面に歩いていくと左手に少し入ったところに行列ができている。先日のBSで紹介された店だ。見ると40人くらい並んでいる。仮に1人30秒で処理したとしても20分かかることになる。さすがにそれほど気合いを入れて立ち食いそばを食べる気にもならないので今回はパスすることにする。日暮里ならまた来ることもあるでしょう。

 

(諏方神社)

 少し歩くと日暮里・舎人ライナーの西日暮里駅に上る場所に出る。

 この西日暮里はJR、地下鉄そして日暮里・舎人ライナーが走る要所になっている。

 実は、昔、通勤でこの西日暮里駅を使っていたのだけれど、といっても、JR京浜東北線から地下鉄千代田線に地下の乗り換え口で乗り換えていて、地上にはあまり出ていなかったのでした。せいぜい、お腹が空いて帰るときに「餃子の王将」に立ち寄ったくらいだと思う。その王将は昔と同じ場所で営業をしていた。

 

 西日暮里駅のすぐ近くに、諏方神社があるようで、そこはまだお参りしたことがないのでせっかくなので立ち寄ることにする。駅の西側にある坂道を上っていくと、右手に公園があり、さらに進むと小学校への入り口があってそこには高村光太郎の記念碑がある。この小学校を卒業したのだそうです。「正直親切」と彫ってあって、それは光太郎の文字とのこと。石の彫刻もあるのだがそれは違うらしい。紛らわしい。

 

 その先に諏方神社の裏口がある。

 ここから西日暮里駅を見下ろせるし、駅の音が結構聞こえてきて賑やか。

 拝殿脇には御嶽山もある。

 御朱印をいただく。書き置きのみ。500円

 

 

 この神社の正面鳥居を出ると左手には寺があり、江戸六地蔵の一つとのこと。えっ?こんなところに?知らなかった。

 神社から降りる道があり、西日暮里駅の東口の方からトンネル経由で上ってくる道になっている。

 

(根津へ)

 地下鉄千代田線にもぐり、根津を目指す。といっても、根津駅ではなく手前の千駄木駅から歩くことにする。でも、千駄木って、西日暮里のすぐ隣の駅だった。別に地下鉄に乗らなくてもそのまま歩いてきても良かった。

 

 千駄木駅から団子坂下に出て、根津方面に向かう。途中、前に入ったカフェがあり、ここで食べたカレーがおいしかったので又入ろうかと思ったのだが、どうも混んでいるようなのでやめる。

 とにかく、今日は人が多い。私がこの町に来るのはたいていつつじ祭のときなのでいつも人は多いのだけれど、今日は特に多いように感じる。食事場所はあちこちにあるのだけれどどこも人が並んでいる。今日は日曜なので人気店「根津のたいやき」はお休み。

 

 とにかく何か食べよう。そういえば、前に「根津カレー」というのを食べたことがあって、それもおいしかった。確か、根津神社と根津駅の間にあったはず。今回は千駄木駅で降りたので無駄な動きになっているけどそちらに行こう。

 と思って行ったら、休みだった。どこかのイベントに参加と書いてある。

 

 ふと道の反対側を見ると中華料理店があるのでそちらへ。

 こちらはすぐには入れた。「食為天」という店。よだれ鶏定食を注文。 880円 麻婆豆腐、スープ、漬物(ガリ)がつく。

 よだれ鶏のボリュームに驚く。食べても食べてもまだある(笑)。これはお得と思い。よだれ鶏のソースは辛さ控えめで甘め。

 

 

(つつじ祭)

 お腹が膨れてから根津神社へ。

 いやあ、人がうじゃうじゃいる。先ほどの舎人公園は大半が日本人と思ったけどこちらはかなり多国籍。

 でも、前につつじ祭に来たときは、つつじ苑に入る行列が境内の外、道路にまで溢れていたのだけれど今回はそこまでいかない。やはり、盛りを過ぎたのだろうか。つつじ苑に入らなくても下の方から全体を眺めることができるけど、咲いているのはあまり多くない印象。既にだいぶ散ってしまったのだろうか。

 

 

 お参りの行列が長く続いているけど、楼門のあたりからになっていたので、前に来たときよりは短い。せっかくなので並んでお参りする。ここは脇からお参りするのであれば並ばなくても大丈夫、ということになっているのだけれど、そうするとお賽銭箱のかなり脇の方からお参りすることになるのでかなりやりにくいのです。

 行列は結構順調に進み、唐門をくぐって拝殿まで思ったより早く辿り着く。

 

 この神社はつつじの他にも稲荷神社の鳥居など見どころがあるのだが、今日はあまりに人が多いのでとにかく疲れて、座れる場所に座って休憩。

 境内では工事をしていて、どうやら森鴎外の旧居の復元をやるらしい。それはなかなかすごい。

 

(鶯谷へ)

 結構疲れた。

 この後、元気があったら亀戸に行くつもりだけれど、どうなるかわからない。まずはJRに乗ることにしよう。いちばん違い駅は鶯谷で、ここからは言問通りをずずっと行けば良いらしい。

 歩いていると、おいしそうなお菓子屋さんとかいろいろある。そういえば、この界隈には何度も来ているけれど、この通りはあまり歩いていないかもしれない。右手には太宰春台の墓と書いてるお寺もある。左の角には人気の喫茶店もある。愛玉子(オーギョーチー)の店もちらりと見える。

 そして左手に浄名院が見えてきた。工事をしているようだ。

 

 さらにまっすぐ行くとJRを越える高架があり、渡って降りると鶯谷。目の前を西洋人の男性が二人スーツケースを引きずって歩いているのだが、ホテルの前で立ち止まった。中に入っていく感じ。えっ?ここに泊まるの?まあ、ホテルだから泊まれるとは思うけど・・・ひょっとしたら、インバウンドの方々が「安く泊まれるホテル」ということでこういうところを活用しているのかもしれない。今は円安だからそんな節約はしなくて良いと思うけど。

 そんなこんなで鶯谷駅に着いた。

 

(亀戸へ)

 山手線に乗って秋葉原で乗り換える。なんとかまだ歩けるし、時間帯は遅くなったけどまだ明るい。せっかくだから亀戸に行きましょう。

 駅前の通りは午後5時まで歩行者天国。いつもはパフォーマンスをやっていたりするけど今日は特にそういうのもない。

 

 天満宮に着くと、ここも人が多いのだけれど、でも、もっと多い光景をたくさん見てきたのでそれほどにも感じない。藤はだいぶくたびれていて、もう終わりという感じ。

 

 

 お参りしてから境内の藤を見て回るけど、やはりくたびれている。

 

 

 

 境内には船橋屋とかが出店。くず餅(「葛餅」ではない。)やあんみつを買って食べることができる。

 

 

 駅に帰る途中、亀戸ぎょうざの前を通ったら、40人くらいが並んでいる。やはり大したものだ。

 

 

【今日の天気】晴れ すばらしい行楽日和

【今日の一日】5:50起床 23:40就寝 

【今日の体調】体重 73.5㎏ 体脂肪率 17.1% 内臓脂肪レベル 10 皮下脂肪13.5% 基礎代謝 1,614㎉ BMI 25.3 筋肉レベル 8 骨レベル 8 体組成年齢 48歳 バランス年齢 55歳

 朝の血圧 139-86 夜の血圧 129-83

【今日の歩数】25,607歩 17.9㎞

【今日行った場所】舎人公園、日暮里、西日暮里(荒川区)、根津神社(文京区)、亀戸天満宮(江東区)

 

【朝ごはん】



【昼ごはん】よだれ鶏

【夕ごはん】・鶏肉のにんにく炒め ・もやし炒め ・ほたるいかの酢味噌和え ・そうめん



 

【今日見たテレビ】

・光る君へ 17話 うつろい

 うううむ。騙された。予告に騙された。文字を見て、「私の書いたのと同じ」とまひろ(吉高由里子)が言う。その前には倫子(黒木華)が、どこに泊まっていたのかと道長(柄本佑)に尋ねていた。この2つをくっつければ、倫子がまひろに、道長が持っていた漢詩は、お前が書いたのではないかと問い詰める場面を想像するではないですか。

 ところが、全く違った。

 やはり、番組予告で勝手に想像してはいけない。

 

 栄華を極めた藤原道隆(井浦新)であったけど、最期は悲惨なことになる。今で言う糖尿病で残りわずかと知り後継者に息子伊周(三浦翔平)を指名するも、なかなか思うようにはいかない。

 ドラマでは東三条院(吉田羊)が道隆・伊周親子に反発する貴族たちを裏で動かしたことになってきたけど、実際は女院が一条天皇(塩野瑛久)に強烈に働きかけて伊周への権限委譲を妨げるわけで、結局は女院を握った方が勝つ、ということ。一世代前の兼家(段田安則)の時代にも、円融帝の母親の裁定で関白が決まっていたわけで、この時代の女性の権限の強さがわかるのです。倫子と道長の財産の話も出てきたけど。

 

 

(私の光る君へ紀行)

 この時代の内裏があったのは、今の二条駅から少し北の場所。大極殿跡の碑も立っているのです。

2014年12月14日撮影