父のお通夜と告別式についても書いておこうと思います。
前の記事でも書きましたが、父を見送るのは、妻である母と3人兄弟の家族だけです。全員で20に満たない人数です。
親族も呼ばないということで、式場・斎場が決まってからは、お通夜まで少し時間が空きました。家族葬でなければ、あちこちに連絡等をしないといけなかったんでしょうけど。
●お通夜
お客さんが来る訳でもないので、お通夜は自宅(親の家)でやることにしました。
うちの場合の理由は、
▼小さい子供がいる。
▼お通夜をやっても、翌日の告別式と参列者は全く一緒。お客さんが来る訳でもないのに、同じことを繰り返すのもどうなのか。
▼かしこまった雰囲気より、ざっくばらんに家族で和気あいあいとお見送りがしたかった。
等の理由です。
その旨を葬儀社に伝え、「家族葬」「一日プラン」にしました。
そして、父の遺体を告別式の朝、式場に運ぶように依頼して、お通夜は家族で父を囲みながら過ごしました。
父にとっての孫たちが集まり、そこに我々子供の世代も加わり、ババ抜きなどをやって盛り上がりました。
本当に夜中まで、笑い声の絶えない、人数は少ないけれど、にぎやかで和やかな空気の流れるお通夜になったと思います。
#故人を偲ぶのが目的なのに、トランプゲームをするというのは少し逸脱している気もしますが。
孫たちも、祖父のお通夜は思い出に残るものになったと思います。
これは私の考えなのですが、事故などの不幸で、若くして亡くなった場合は別ですが、80歳を過ぎて、充分生きたといえる大往生の場合、「この年まで生きることができた。よかったね。」と言ってあげたいと思っています。
神道において死というものは、御霊が肉体から離れ永遠の守り神になるということだと読んだことがあります。死によって、その人の生は断絶するのではなく、肉体が切り離されるものの、近くにいて見守ってくれる存在になるのだ、と。なら、そこまで悲しまなくてもいいのではないかとも思います。
そして、孫たちにとっても、単にかしこまった儀式だけをこなすだけのお通夜・告別式をするよりも、何か思い出に残るような会にしたいと思っていました。
形にこだわることを否定するつもりはないですが、それありきになることもどうなんだろうと思っていました。
一番大事なのは、故人を偲ぶ気持ちですよね。
残された家族が故人を囲んで最後の夜を一緒に過ごすことが大事なのだと思います。
●告別式
告別式の朝、遺体を式場まで運ぶ必要があることから、葬儀社のスタッフが6時ごろには来ることになっていたので、5時起きでした。
少し前にも書いたように、車で20分ほどのところにある式場で行われる告別式は、朝8時スタートだったからです。斎場での火葬は10時からしか取れなかったため、その前に済ませる告別式が、こんな“早朝”告別式ともいうべき時間になってしまいました。
子供たちに喪服(や学校の制服)を着せ、自分らも準備をして、式場に向かいます。式場では、神式の葬式の用意がされていました。
神主さんがお見えになる前に、神式での葬儀マナーをレクチャーしてくれます。これは、「家の宗教は何?」と訊かれたら「神道」と答えるけれども、熱心に崇拝している訳でもないので、すごく助かりました。
神主さんの祭詞(祝詞)などは、不謹慎ですが“ザ・葬式”という厳かな雰囲気を醸して、家族葬とはいえ、きちんとお見送りできたかな、という感慨を得られるものでした。神主さんに来ていただいて本当に良かった。
ただ、小学低学年の孫は、最初のうちこそ、更に小さい5歳の従妹に「しぃ~」とかって諭していたのに、40分を超えるころから、自分も飽きてしまい、身体がゆらゆらし始めてしまいました。
玉串拝礼の儀も、20人弱なのですぐに終わり、9時過ぎには告別式も終了となりました。最後のお別れを済ませて、斎場に向かいます。
#この辺の流れは、通常の葬儀と変わりません。遺体を運ぶときにストレッチャーで運ぶから棺を持たなくていいです、と言われたくらいでしょうか。手を添えるだけでいいです、と言われました。
●火葬
斎場についてからの流れも、通常と同じです。
神式なので、神主さんが最後に祭詞(祝詞)を奏上して、我々は玉串を捧げました。
棺が火葬場の中に納まると、神主さんは帰っていき、我々は待合室に通されました。
骨を拾って、骨壺に納め、帰ってきました。
時間は昼の12時くらいだったので、予約をしておいてレストランに行き、食事をしました。
以上が、お通夜から告別式までの流れです。
あくまでうちの場合なので、参考になるかどうかは分かりませんが。