前にも書いている通り、父が死んでのお通夜&告別式は、ミニマム葬ともいうべき簡素なものにしました。

 

ただ、その過程でも、葬儀社の“ビジネス”を感じさせる場面がありました。

それを悪いと思っている訳ではありません。ただ、やっぱりこういうことはあんだな、と思ったので記録として残そうと思いました。

 

まずは、祭壇です。

花を増加させると「こんなに豪華に見えます」ということを写真付きで見せてきます。

「あまり侘しい葬式はお父さんがかわいそうだ。」

と母はオプションにつられそうになるのを、

「家族しかいないんだから、そんなところに金を使ってももったいないでしょ? 花を飾りたいんだったら、後で遺影の横に花を欠かさないようにしてあげなよ。」

となだめて、基本プランで行くことにしました。

 

その次に、棺を包む布です。一番高いものは金ピカで、まぁ豪華には見えるけれど、これも棺と一緒に燃やしちゃうものなので。告別式の1時間、家族だけが見るためだけに数万円もプラスするというのはもったいない、とこれも却下。

棺だけでも、十分厳かでしたよ。

 

そして、納棺式。

お金を掛ければ、それだけ豪華になり、弔いになると思う人情に付け込むんでしょう。

いや、実際に豪華にしたいと思う方も沢山いらっしゃるだろうから、そういうオプションは必要だと思います。

でも、うちはミニマムな家族葬なのでね。

 

母親にも、親戚を呼ぶならもっと豪華にした方がいいだろうけれど、親戚も呼ばないのなら、オプションはいらないんじゃないか、と話しました。

 

葬式で金を使うことが弔いになるとは全く思いません。

弔いたいのなら、毎日、きちんとお参りをすればいいのだと思います。

そして、故人が好きだった花などを供えてあげつづけることの方が、ずっといい“弔い”だと思います。

 

元々親戚付き合いもまったくなく、友人も一人もいなかった父にとっては、家族がきちんとお参りすることが一番の供養になると思っています。

父のお通夜と告別式についても書いておこうと思います。

前の記事でも書きましたが、父を見送るのは、妻である母と3人兄弟の家族だけです。全員で20に満たない人数です。

親族も呼ばないということで、式場・斎場が決まってからは、お通夜まで少し時間が空きました。家族葬でなければ、あちこちに連絡等をしないといけなかったんでしょうけど。

 

お通夜

お客さんが来る訳でもないので、お通夜は自宅(親の家)でやることにしました。

うちの場合の理由は、

小さい子供がいる。

お通夜をやっても、翌日の告別式と参列者は全く一緒。お客さんが来る訳でもないのに、同じことを繰り返すのもどうなのか。

かしこまった雰囲気より、ざっくばらんに家族で和気あいあいとお見送りがしたかった。

等の理由です。

 

その旨を葬儀社に伝え、「家族葬」「一日プラン」にしました。

そして、父の遺体を告別式の朝、式場に運ぶように依頼して、お通夜は家族で父を囲みながら過ごしました。

 

父にとっての孫たちが集まり、そこに我々子供の世代も加わり、ババ抜きなどをやって盛り上がりました。

本当に夜中まで、笑い声の絶えない、人数は少ないけれど、にぎやかで和やかな空気の流れるお通夜になったと思います。

#故人を偲ぶのが目的なのに、トランプゲームをするというのは少し逸脱している気もしますが。

 

孫たちも、祖父のお通夜は思い出に残るものになったと思います。

これは私の考えなのですが、事故などの不幸で、若くして亡くなった場合は別ですが、80歳を過ぎて、充分生きたといえる大往生の場合、「この年まで生きることができた。よかったね。」と言ってあげたいと思っています。

 

神道において死というものは、御霊が肉体から離れ永遠の守り神になるということだと読んだことがあります。死によって、その人の生は断絶するのではなく、肉体が切り離されるものの、近くにいて見守ってくれる存在になるのだ、と。なら、そこまで悲しまなくてもいいのではないかとも思います。

 

そして、孫たちにとっても、単にかしこまった儀式だけをこなすだけのお通夜・告別式をするよりも、何か思い出に残るような会にしたいと思っていました。

 

形にこだわることを否定するつもりはないですが、それありきになることもどうなんだろうと思っていました。

一番大事なのは、故人を偲ぶ気持ちですよね。

残された家族が故人を囲んで最後の夜を一緒に過ごすことが大事なのだと思います。

 

告別式

告別式の朝、遺体を式場まで運ぶ必要があることから、葬儀社のスタッフが6時ごろには来ることになっていたので、5時起きでした。

 

少し前にも書いたように、車で20分ほどのところにある式場で行われる告別式は、朝8時スタートだったからです。斎場での火葬は10時からしか取れなかったため、その前に済ませる告別式が、こんな“早朝”告別式ともいうべき時間になってしまいました。

 

子供たちに喪服(や学校の制服)を着せ、自分らも準備をして、式場に向かいます。式場では、神式の葬式の用意がされていました。

 

神主さんがお見えになる前に、神式での葬儀マナーをレクチャーしてくれます。これは、「家の宗教は何?」と訊かれたら「神道」と答えるけれども、熱心に崇拝している訳でもないので、すごく助かりました。

 

神主さんの祭詞(祝詞)などは、不謹慎ですが“ザ・葬式”という厳かな雰囲気を醸して、家族葬とはいえ、きちんとお見送りできたかな、という感慨を得られるものでした。神主さんに来ていただいて本当に良かった。

 

ただ、小学低学年の孫は、最初のうちこそ、更に小さい5歳の従妹に「しぃ~」とかって諭していたのに、40分を超えるころから、自分も飽きてしまい、身体がゆらゆらし始めてしまいました。

 

玉串拝礼の儀も、20人弱なのですぐに終わり、9時過ぎには告別式も終了となりました。最後のお別れを済ませて、斎場に向かいます。

#この辺の流れは、通常の葬儀と変わりません。遺体を運ぶときにストレッチャーで運ぶから棺を持たなくていいです、と言われたくらいでしょうか。手を添えるだけでいいです、と言われました。

 

火葬

斎場についてからの流れも、通常と同じです。

神式なので、神主さんが最後に祭詞(祝詞)を奏上して、我々は玉串を捧げました。

棺が火葬場の中に納まると、神主さんは帰っていき、我々は待合室に通されました。

 

骨を拾って、骨壺に納め、帰ってきました。

時間は昼の12時くらいだったので、予約をしておいてレストランに行き、食事をしました。

 

以上が、お通夜から告別式までの流れです。

あくまでうちの場合なので、参考になるかどうかは分かりませんが。

今回、父が亡くなり、怒涛のように葬儀社を決めないといけなかったことで、葬儀社ビジネスについて気付いたことがありました。

 

葬儀社を決めるまでに許される時間は、本当に“ない”

病院で亡くなると、なるべく早く病院から遺体を移動するように言われることが多いようです。うちは、外出先で亡くなったので、亡くなった病院から警察に預けられることになりましたが、警察だって、検死が終わったらすぐに移動してください、といわれます。

家族が亡くなっても、本当に悲しむ間もなく、葬儀社を決めないといけません。

 

病院に食い込んでいる葬儀社は、それだけで随分楽をしていると思います。

だって、「こんな時に大変申し訳ないのですが、できるだけ早くご遺体を引き取っていただけますか?」と看護師さんに言われ、「すみません、今から数社の見積もりを取り、その中から選ぶので、数時間待ってもらっていいですか?」ってなかなか言えないですよね。

 

うちも、今回は住んでいる場所と亡くなった病院が遠かったので、葬儀社の方から遠慮してきたので、そこを使いませんでしたが、近所だったらそのまま「お願いします。」ってなっていたと思います。

 

零細葬儀社「下請け化」の苦境、ネット系の価格破壊に打つ手なし

https://diamond.jp/articles/-/225529

 

という記事を読みました。

でも、そもそも選択肢が与えられる人の方が少ないのではないか、と思いました。

だって、どんなに「もう死にそうだな」と思っていても、病院に預けている間は、やっぱり何となくまだ死なないだろうと思ってしまうものだと思うんです。

それにいざ死にそうになったらなったで、その状況に混乱して、「あ、そうだ、葬儀社の相みつ取っておこう!」なんて思い付かないですよね。

 

結局、家族の死は、いつだって唐突なんです。

うちの場合は、警察に遺体が預けられたことにより、却って時間的には余裕ができて、葬儀社を選ぶ時間がありました。

 

それでも、最初に電話をしたCM等でも聞いたことのある大手の見積もりは、「(人数が少ない)家族葬でも、(通夜をやらない)一日葬でも、値段は変わらず150万円から」でした。

参列者が家族だけであり、人数も20人ほどだと、本当にシンプルな式でいいと思うのですが、その相談もする前に、最低150万円だ、と。

更には、「家族葬なので、通夜をやるかどうか決めかねていて、通夜をやらない場合の料金も教えていただけますか?」と訊いても、「150万円から」と。

 

あまりにも納得感がなく、「ちょっと他の業者さんとも相談しているので、また連絡します。」と電話を切り、他にもあたってみました。

 

一人当たりという単価までは出さなくてもいいですが、家族葬だと受付カードもいらないですし、案内係も必要ありません。

やっぱり、家族葬でない場合よりも、必要なコストは低い筈だと思うんです。

それに、お通夜がいらないということは、会場の使用時間等が半分以下(夜通し遺体を置いておくことを考えると、数分の一)な訳ですよね。

それなのに、一日葬にしても料金が同じ、というのも納得感がありません。

 

結局、「家族葬プラン」というコースを用意していて、一日葬にすると、それなりに価格が変わる葬儀社にお願いすることができました。

 

でも、「とにかく150万円から」と言い放っちゃう大手業者とか、こちらに時間がないことを見越しているのか、所詮電話で問合せしてくる客なんて、もっと安いところを選ぶだろうと達観してのか、ひどい見積もりの出し方だと思ったものです。

 

こちらの時間がない状況を利用して商売するやり方がまかり通っているとしたら、あまり正常な業界ではないなと思いました。

でも、上述の通り、家族の死は、いつでも唐突ですからねぇ、、、前もって葬儀社に相談をしておくというのも難しいですよね。

 

解決策は提示できませんが、こんなことが起きるということだけでも記録しておきたいと思ったので。