何気に動画を聞き流すつもりが

 

『僕にとっては、僕自身がホームなので

どこに居ても一緒です照れ

 

というワードが飛び込んできた。

 

 

『自分自身がホーム

 

なかったよ。

なかったよ。

なかったよ。

私にはこの感覚が一切なかった。

 

 

 

とにかく、

自分が心地よくなる為には

何かが必要だと思い込んでいた。

 

 

フォトネイサンFertigUnsplash

 

 

特に、『心地よい環境』

不可欠だと思ってたから

 

 

心地よくなる為には、

香りが必要だからディフューザーがいるな

おっしゃれで座り心地の良いソファーがいるなとか、

 

 

そうだなぁ、リゾートホテルのお庭で

外ヨガとかいいなぁ

プールがあって、鳥のさえずりが聞こえて

スパでマッサージして

瞑想したら絶対気持ちいいわ

とワクワク気持ち良くなり音譜

 

 

ふっと、我にかえると

目の前に広がる「現実」は・・・

 

 

『座り心地の良いソファーないやんえー

『喧騒しか聞こえんでえー

『建物ぎゅうぎゅうで空せまっえー

と、理想と現実のギャップにガッカリ。

 

 

 

自分の外側の環境

『物質』ばかりに目がいって

ガッカリしてたんだよね。

 

 

でも、ほんとに自分が望んでいたことって

『今、心地よく居たい』こと。

 

 

 

『今、心地よい』と感じることができれば

外側の環境は関係ないのよね。

ということは、『物』もなくていいわけよ。

 

 

 

だから、どこにいようとも

どんな環境だとしても

『心地よい』と感じることが

できるということ。

 

 

 

なんで『心地よい』と

感じれないかというと

『自分』という『ホーム』に

ダメ出しばっかして

居心地を悪くしてたからなんだよね。

 

 

 

だって

『自分自身がホーム』って

発想なかったもん。

 

 

 

そう考えると

『自分自身がホーム』

がふっと肚に落ちたの。

 

 

 

なんか少し

『今ここ』の感覚が

わかったかもしれない口笛