何気に動画を聞き流すつもりが
『僕にとっては、僕自身がホームなので
どこに居ても一緒です
』
というワードが飛び込んできた。
『自分自身がホーム』
なかったよ。
なかったよ。
なかったよ。
私にはこの感覚が一切なかった。
とにかく、
自分が心地よくなる為には
何かが必要だと思い込んでいた。
特に、『心地よい環境』が
不可欠だと思ってたから
心地よくなる為には、
香りが必要だからディフューザーがいるな
おっしゃれで座り心地の良いソファーがいるなとか、
そうだなぁ、リゾートホテルのお庭で
外ヨガとかいいなぁ
プールがあって、鳥のさえずりが聞こえて
スパでマッサージして
瞑想したら絶対気持ちいいわ
とワクワク気持ち良くなり![]()
ふっと、我にかえると
目の前に広がる「現実」は・・・
『座り心地の良いソファーないやん
』
『喧騒しか聞こえんで
』
『建物ぎゅうぎゅうで空せまっ
』
と、理想と現実のギャップにガッカリ。
自分の外側の環境
『物質』ばかりに目がいって
ガッカリしてたんだよね。
でも、ほんとに自分が望んでいたことって
『今、心地よく居たい』こと。
『今、心地よい』と感じることができれば
外側の環境は関係ないのよね。
ということは、『物』もなくていいわけよ。
だから、どこにいようとも
どんな環境だとしても
『心地よい』と感じることが
できるということ。
なんで『心地よい』と
感じれないかというと
『自分』という『ホーム』に
ダメ出しばっかして
居心地を悪くしてたからなんだよね。
だって
『自分自身がホーム』って
発想なかったもん。
そう考えると
『自分自身がホーム』
がふっと肚に落ちたの。
なんか少し
『今ここ』の感覚が
わかったかもしれない![]()
