昭和44年の秋作業風景です。
脱穀が済んだ稲わらをカッターで裁断、
田んぼにそのまま積んでいます。
自走式脱穀機(ハーベスター)が登場する前
数年間の秋の風景でしょうか。

この作業を田んぼで行っているのが革新的です。
従来は杭掛けして乾燥した稲束を「稲上げ(いなあげ)」と言って、
自宅に持ち帰り、作業場で脱穀してはワラを自宅に積んだり堆肥を作っていたのですから。


動力は耕運機から取っています。


カッターにワラを入れるたびに、
ダダダーンと大きな音がしたのを
こども心に覚えています。


ここは国道7号線沿いの大字坂野辺新田字上割、
現在は京田町工業団地の一角で今野運輸が建っています。
背後の国道西側には酒田四中と藤山部落が見えます。
国道の交通量も今と比べると少ない。


こちらは村から東側の風景。
やはり切りワラの山が田んぼに存在しています。


ワラを切って田んぼに還元できる事情には、
米俵の素材がカマスや麻袋に変わっていったことも関係ありそうです。