世界的な山岳写真家白籏史朗さんの講演会が
今夜八幡タウンセンターで開催されました。
演題が「父の山 鳥海山を語る」。

父の山とは?
白籏さんのお父さんが八幡の下黒川出身。
本籍は今でもこちらの住所なんだそうですよ。

そしてお父さんの職業はなんとクルマのレーサー!?
当時そんなお仕事があったんですね。

白籏さんは今年85歳。
ちょうど父親のような年代ですが、まだまだお元気なご様子でした。

もう40年も前になりますか、
学生時代南アルプスを縦走中に白籏さんの撮影現場に遭遇したことがあります。

北沢峠を出発した私は甲斐駒ヶ岳をピストンした後、
(この前日の様子は「私の二百名山体験 南駒ヶ岳」の記事参照)
仙水峠から鳳凰三山を目指してその前衛峰の駒津峰を目指していました。

急登のその先のピークに三脚でカメラを構えた写真家が
いるのがだいぶ下からも見えていました。

やがて標高を上げるに従って見覚えのある白髪が・・・
(もしかして、じゃなくて本物の白旗籏史朗だ)
足元のジュラルミンケースには「SHIRAHATA」の文字が。

カメラのレンズは甲斐駒ヶ岳に向けられていました。
時刻はお昼前の9時か10時くらいだったでしょうか。
おそらく夜明け前からここで甲斐駒を狙っていたのでしょう。
アシスタントと思われる若いスタッフ3人のうち1人は、
岩の上で両腕を胸の上に乗せて眠っていました。

大自然と対峙する過酷な現場の一端を垣間見た思いでした。

湯ノ台の鳥海山荘にはロビーのみならず、
客室にも白籏さんの鳥海山の実物写真パネルが掲げられているそうです。

感激する宿泊客が多い中で、中には
こんな貴重なものを安易に飾っておくなんて畏れ多いじゃないか、
とクレームを付ける人もいるのだとか。

「私の写真は特別でもなんでもありません」
と謙遜なさる白籏さんでした。

白籏さんの写真と神長さんはじめゲストの方々のお話から、
改めて郷土のお山、鳥海山の素晴らしさを再認識することができました。
今度はぜひ矢島口から登ってみたいし、
6月ごろの初夏の花々を楽しみたいと思います。

そうそう、上の講演会のチラシの写真の赤鳥海ですが、
白籏さんはこの写真の撮影の時、
2週間御浜小屋に滞在したそうですよ。
と今日私と同じ最前列に座っていたオジサンが教えてくれました。

もしかしたらこの方も当時白籏さんの
撮影現場に偶然立ち会ったのかも知れません。
そしてそのレジェンドの仕事ぶりを目撃したという高揚感を、
誰かに伝えたくて堪らなかったのかも。
私と同じで。

さらにそうそう、
神長幹雄さんが教えてくれました。
今朝、鳥海山荘から頂上付近が白くなっているのが見えたそうです。
鳥海山初冠雪の便りでした。