ガイアお茶の水店の最寄り駅はJR御茶ノ水駅。


駅の聖橋口(東口)から北を目指すと・・・


神田川に架かる聖橋を渡ります。


この聖橋の名前の由来となった「二つの聖」を訪ねます。


橋を渡ったところにあるのが湯島聖堂。

かつて五代将軍綱吉が儒教を奨励して開いたのが始まりで、
その後昌平坂学問所として、初の官立大学となりました。


明治維新後、ここに文部省が置かれたほか、
国立博物館、高等師範学校(現筑波大)、
女子師範学校(現お茶の水女子大)や図書館が置かれて
近代教育発祥の地となりました。

現在、お茶の水界隈に大学の学舎がやたらと多いのは
そいう歴史的な経緯があったからなんですね。


現在の聖堂は関東大震災後、
昭和10年にコンクリート造りで再建されました。

明治の初めここでわが国初の万国博覧会が開催されて、
シャチホコや生きた象などが展示されて、
たいそう賑わったそうです。


聖橋を戻って南に坂を下ってまもなく、
見えてくるのが「もう一つの聖」ニコライ堂です。


ビザンチン様式の美しい聖堂は、聖ニコライによって
ロシア正教の布教の拠点として明治24年に建てられました。


明治の東京の中では当時群を抜いて
高い建築物だったニコライ堂は(35m)、
御茶ノ水界隈のランドマークとしてかなり遠方からでも
その姿が望めたそうです。

教会の内部は300円の拝観料で見学できますが
撮影は禁止です。

ドーム屋根の内部や重厚で荘厳な柱や壁は必見です。
明治の極東の日本によくこれだけの異教の建築物が
建てられたこと自体が驚きです。


聖橋より東の昌平橋より神田川を望む。
あいにく聖橋は補強工事中で、秀麗なアーチが見られなくて残念。

なお本郷台地を東西に貫くこの神田川は、
江戸時代初期に丸の内方面の治水対策として、
人力で掘られた人口の掘割です。
それにしてもどえらい工事でしたね。


再び北へ向かって男坂という急坂を登ると・・・


そこは神田明神の明るい境内です。

神田明神は神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内など
百八の町々の総氏神様として信仰を集めてきました。


江戸時代、本郷台地の下には海岸線が迫っていました。
男坂の上に立っていた大きな銀杏の樹は、
船からの格好の目印になったそうですよ。

時間は午後4時前。
夕暮れ迫る聖橋を再び渡ってガイアお茶の水店に向かいました。