なんだろうか?
それは、最近話題の東京都議会のお話し・・・
セクハラ発言で、人生の明暗が分かれた感じもするが、一番
強く感じた事は、発言そのものよりも発言内容がボーダレス
だったこと。
「結婚しないのか」
この発言を、固有の女性にしたことのある人は多いはず。
実は私も、過去数人の女性に聞いたことがある。
しかし、個人間のコミュニケーションでの発言と、都議会と
言う公の場での一方的な言葉の武器とは本質が違う。
そして、発言が国境を越え議論される・・・
この流れで海外から、日本的価値観がインタナショナルに
判じられ、ブーメランのように帰ってくる・・・
こんな仕掛けを考えられるなら、本気で勝利の法則になる
かもしれない。
つい最近まで、日本は「男尊女卑社会」であった。
どれだけボンクラでも、家の長男に生まれると、上げ膳据え
膳で、パンツさえ自分ではくことが許されないようなご家庭
で育つと、周りの女性は母上を含め「使用人」である。
そして、女性が20歳になると、そろそろどこかに嫁いで行け
と言う発言が家庭内にあって、兄弟の女性が若くして嫁いで
行くような環境で育つ・・・
すると「結婚しないのか」という発言は、35歳以上の女性
には「セクハラ」どころか、「親切」にさえ感じてしまうのかも
しれない。
こう考えるのが正しいなら、日本の大問題である「少子高齢化」
と今回の問題は密接な関係にあるのではないか?
「結婚しないのか」
「産めないのか」
と、こんな下品な発言でなく、議員らしく・・・
「少子高齢化に貢献されてはどうか」
と
こう発言したなら、世論は違っていたかもしれない。
いずれにしろ、日本の長い歴史観では「男尊女卑」と言う考え
が根強い。
「うちの女の子」
ビジネスの場面でこんな単語を耳にした方は多いだろう・・・
その会社に行ってみると、その対象者がいないので何かの
間違いだと思い、帰ろうとした方も少なくないはず・・・
女性陣も、何でもかんでもセクハラだと主張されるのではなく
もっと価値観を高くして行かねばならない気がする。
いずれにしても、日本の歴史と世界観に格差が生じた場合は
世界から、弾丸のように意見が打ち込まれる流れになる状況
が「勝利の法則」になる。
今回の事件ではそう確信しました。
東京都議会では、今回の事件を早い幕引きで締めくくったよう
ですが、東京オリンピック関連でこの件を批判されないように
にした方が良いのではないか?
私の直感が間違っていなければ、「産めないのか」と言う発言
の対応を残したままでは、国際的ブーメランが帰ってくるように
思えて仕方がありません・・・
皆さん、どう思いますか?