凍結胚の保管、みなさんはどう考えますか?
体外受精で生まれる赤ちゃんのうち、いまや9割以上は「凍結融解胚移植」で誕生しています。
この治療法では、いったん胚(受精卵)を凍結して保存し、準備が整ったタイミングで解凍して子宮に戻すという流れをとります。ところがこの方法には、「移植しないまま残った胚をどう扱うのか?」という新たな課題も伴います。
なぜ「凍結胚の放棄」に関する提言が必要なのか?
背景①:凍結胚の“増え続ける”現状
体外受精が広く行われるようになり、選択的に胚を凍結保存するケースが増えたことで、「使用されないまま保存され続ける胚」も年々増加しています。
実際、凍結保存中の胚の数は全国のART(生殖補助医療)施設で膨大になっており、医療現場では**「いつまで保管すればよいのか」**「もし連絡がつかなくなったらどうするのか」**といった悩みが深刻化しています。
背景②:明確なガイドラインの欠如
日本ではこれまで、胚の保存や破棄に関して明確な年齢上限や廃棄基準が定められていませんでした。
そのため、各施設が個別に対応する必要があり、患者さんとのトラブルや訴訟リスク、倫理的な葛藤を抱える例も出ていました。
背景③:世界的な動向とのギャップ
海外では、米国(ASRM)や欧州(ESHRE)などの学会が「保管料の不払い」や「音信不通が5年以上続く場合」などを明記し、放棄された胚の定義や処分方針をガイドラインとして示しています。
こうした国際的な流れと比べて、日本では対応が遅れていたのが現状です。
日本産科婦人科学会の提言(案)とは?
こうした背景を受け、日本産科婦人科学会の生殖・内分泌委員会は、2025年に『本邦における胚の凍結保存と放棄に関する提言(案)』を公表しました。
これは、患者さんと医療機関の双方が「凍結胚の管理」について共通のルールを持ち、将来的な混乱やトラブルを防ぐことを目的としています。
提言(案)のポイントまとめ
🔹 胚が「放棄された」と見なせるケース
- ご夫婦のどちらかが死亡した
- 離婚やパートナー関係の解消
- 女性が生殖年齢を超えたと判断される
- 保管料の未払いがあり、5年以上連絡が取れない
🔹 医療機関が対応すべき事項
- 胚の保存と放棄についての事前説明と書面による同意取得
- 保管継続の意思を定期的に確認すること
- 保管中の胚に何らかの損傷が生じた場合の免責事項の明記
胚の未来、今のうちに考えてみませんか?
「もう子どもを望んでいないけれど、凍結胚が残っている…」
「もしもの時、残された胚はどうなるの?」
そうした悩みは、決して珍しくありません。
だからこそ、ご夫婦で一度しっかり話し合っておくことが大切です。
そして方針が決まったら、医療機関にきちんと伝えることで、安心して胚を管理してもらえます。
まとめ
凍結胚は、未来の命の可能性を秘めた大切な存在です。
今回の提言(案)は、患者さんが自身の価値観に基づいて、より明確な意思決定ができるようにするための大切な指針です。
「命の卵」を大切に扱うために——
選択肢と責任を、前向きに見つめていくきっかけになればと思います。
2025年日本受精着床学会(名古屋)において、当院からも受精卵凍結保存とその管理についての発表を予定しています。
≪出典≫
- 日本産科婦人科学会 生殖・内分泌委員会「本邦における胚の凍結保存と放棄に関する提言(案)」(日本産科婦人科学会雑誌 第77巻第6号, 2025年)
- Ethics Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Disposition of unclaimed embryos: an Ethics Committee opinion. Fertil Steril. 2021;116:48–53.
- European Society of Human Reproduction and Embryology (ESHRE). The cryopreservation of human embryos. Hum Reprod. 2001;16:1049–1050.