11月9日に天国に・・・。 | ☆のほほん EveryDay☆

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初めましてnacchiです。男の子2人(7歳・10歳)のママです。毎日子育てに追われていますが日々の出来事を日記にして綴っていきたいです。

9日の日の午後3時ごろ父がなくなりました・・・。
その日はとっても晴れて11月というのに暑いぐらいの日でした。
いつもは自営業のお惣菜&肉屋を父が入院してからも母が切盛りしていたので
お店を早めに閉めた夕方に面会に行っていました。
でもその日は何となく一人で面会に行こうと思っていました。従兄弟のお姉さんと伯母さんが面会に来るというので病院で落ち合いました。
ICUに入るといつもより目を開いていました。先生からは意識がないと言われていたのに目ははっきりと開けてこちらをじっと見ていたように思います。
思わず「そんなに見つめないでよ」と言ってしまいました。
しかし父の目は白い所が黄色く濁り薄くオブラート状の膜がかかっていたように思います。
耳元で話しかけるとICUに入ってからは一度も声を出さなかったのに「おう」といいました。
息が苦しそうで口を閉じることもない状態なのに返事をしたことで意識はあるんだな・・・。と思いました。
微かな光が見えたかな?と思う反面、亡くなる直前はいい姿を見せるとよく言われているので何とな~く嫌な感じもしました。
従兄弟のお姉さんと伯母さんと別れて母のお店まで行きました。
意識があるうちに母を連れて行きたいと思いその日もお店を早めに閉めて病院に行こうと話していました。
姉にも電話をして同じように話していました。

それからお店の雑用を済ませて家で午後の家事が終わり一段落してリクの帰りがもうすぐという所で母から電話がありました。
「父の呼吸が止まりそう」と病院から連絡があったようです。
急いで支度してマンションの下に降りるとちょうどリクが帰宅した所でそのまま車に乗り込み母を連れて病院に・・・。
午後3時・・・道が混んでてなかなか車が進まないことにイライラして病院に到着しました。
いつものようにナースセンターで面会に来たことを告げると、いつもはすぐに通してくれるのに「しばらくお待ちください」と言われました。
早く父に会いたいのにもどかしくて、その時間が1時間となが~く感じました。
そして通されて面会に行くと父はとっても安らかな顔をして眠っていました。
担当の先生が来て話を進めていましたが、死んでしまったと思えなくて思わず先生に「えっ、もうすでに亡くなっているのですか?」と思わず聞いてしまいました。
先生は「はい。もう亡くなっています」と言いました。

私は間に合わなかった・・・と愕然としました。こちらに向かっている姉に電話をして亡くなったことを伝えると同じように電話口の向こうで愕然とし泣いているのが分かりました。
姉が到着してから先生と死亡の確認をしました。午後4時3分でした。
本当にドラマのように聴診器を当てて目を開いてライトをあてて動かなくなっていることを確認しました。

それからは・・・本当に惨いと思うぐらい悲しんでいる暇もなく葬儀の話に・・・。
私たち家族は頭も回らず葬儀に何人ぐらいくるか?なんて言われても頭の中で計算しているつもりでも全然頭に入っていかず・・・。
そんなときは旦那くんがしっかりサポートしてくれて本当に助かりました。こういう時女の人は判断がなかなかできないので男の人がいることがどんなに助けられたか分かりません。
葬儀の話が終わり父の眠っている部屋に行って父に対面。病院にいた時よりも血の気がひいて冷たくなった父。
それでも病気中の時よりも穏やかな顔になっていて本当に眠っている様でした。私と姉は何度も父の頬を撫でていました。
それから父が天国に行くのに道に迷わないようにお線香を絶やさずつけなければなりません。
あいにく一軒家では無いので家に連れて帰ることはできませんでした。なのでお線香を絶やさぬように自宅と葬儀場を行ったり来たりしました。

10日の夜6時からお通夜が営まれましたが、生前の父の人柄かたくさんの人が弔問に来てくださいました。みんなの顔を見ると感謝の気持ちで一杯になり、私 たちは人によって生かされているんだな~と実感しました。本当に父は幸せものです。お棺に入れるお花で父は埋もれていました。ここで本当に父に触れること が最後になります・・・。
告別式にもたくさんの方が来てくれました。最後のお別れの挨拶を私がしました。
色々なことがあったけど、お疲れ様・ありがとうと父に感謝の言葉を言い、皆さんにはこれからも御指導くださいと伝えました。

そしていよいよ火葬場へ・・・。
おじいちゃんやおばあちゃんで何度か経験済みですが、やっぱりこの空間は異様な感じがします。
父が炉に入っていくのは本当に本当に悲しくて・・・。死んでも肉体があるのと無いのとではやっぱり違いますね。
でもここでも悲しんでいることもできずに精進落としで皆さんにお食事を振舞うのです。
なんだか葬儀というのは惨いような・・・でも救われているような・・・。なんとも言い難いものです。

骨になってしまった父。最初は形を崩さず見せてくれました。
足の骨はとっても太くて立派でした。体格も良かったせいか骨壷に入るのがギリギリでした。

こうして細かく書いてみました。私はこの日のことを忘れずにずっとずっと覚えていたいです。
もう一緒に笑うこともなく、話すこともなく、写真だけを見て思い出に浸ることしかできなくなってしまいました。
もっと話しておけば良かった、もっとたくさん会っていれば良かったと後悔するばかりです。でもどんな死を迎えても絶対後悔するんだと思います。
それを乗り越えて人は心の奥底にそのことを閉まっていくものなのだと思います。そしてまた人は強くなり、やさしくなれるのかも知れません。
ここでまた人生の経験が増えました。父は私に人生の気付きを教えてくれました。そのことは本当に・本当に感謝しています。
これからは姉家族と私たち家族とで母を支えていきたいと思います。

またゆっくりと復活しますので宜しくお願いします。