昨日は夜中までサッカーを見ていて、朝6時ごろに就寝。
前にも書いたけど、もともとサッカーにはそんなに興味がない。
「前半・後半」と分かれているだけで、45分が長く感じる。
「攻撃・守備」みたいな交代もない。
しかも、「なかなか点が入らない」ときたもんだ…。
だから、どちらかといえば野球の方が好き。
でも今回のアジアカップ(?)はすごく面白かった。
朝は10時に起きたので、完全に昼夜逆転の生活。
昨日の外出で疲れていたので、昼からはテレビを見ながら論文を1報だけ読んだ。
さて、「ボランティア」ってほんとはどうなの?
ってことについて考えてみました。
そのために「利己的・利他的」という言葉を紹介させて下さい。
すごく面白い内容ですよ。
簡単に言えば、
利己的(りこてき):自己中心的な感じ。
利他的(りたてき):他人のことも考えてあげる感じ。
ということです。
自分にとって、どっちのほうがいいでしょうか?
単純に考えれば、「利己的」な方がいいと思いませんか?
何でも自分の思うがままに行動して、自分の好き勝手に行動した方が利益も大きいですよね。
でも、「みんなが利己的」になれば話が違ってくる。
全員が好き勝手に行動する社会なんて大変…。
法律も規則もなく、争いや戦争が起きる。
こう考えると、利己的ではなく「利他的」の方がいいような。
つまり、「みんなで仲良く協力しましょう」ってこと。
そうやって人類は進化し、地域社会や国家を作りました。
「弱いものには手を差し伸べましょう」という「あたたかい社会」になってきた。
そうすれば、自分が弱い立場(老人・障害者など)になったときに手を差し伸べてもらえる…。
けど、またまた疑問が残る。
それって「利他的」に見えて「利己的」なんじゃない?
ということ。
つまり、「あたかたい社会」は「利他的(他人を助けましょう)」ってことでも、それが「自分のため(困ったときに助けてくれるから)」というのは、実は「利己的」な考え方じゃないか?
ってこと。
そう考えると、「ボランティア」ってどうなんだろう。
純粋に「助けたい」と思っている人はどれだけいるだろう。
ボランティアをしている理由として、
たとえば、
・就職活動で有利になりそうだから
・困っている人を助けると気持ちがいいから
・助けるのが楽しいから
などがある。
これは「利己的」な理由ではないだろうか?
それは他人のためではなく「自分のため」では?
そうすると、本当の意味で「利他的(他人のため)」なんて概念はないんじゃないですか?
と思えてきます。
別に、ボランティアを批判するわけではありません。
現実に人の役に立ってるんだし、すごく良いことだと思います。
けど、言いたいのは「実は、他人のためという理由でやってるわけではない」ということ。
これを証明するのが「ゲーム理論」という考え方で、今すごく興味を持っています。
確率・統計などを使うんですが、経済学部などでよく使われているようです。
自己中がいいのか、協力したほうがいいのか、裏切った方がいいのか…
人間の心って難しい。
けど、それが解明されてくるのは面白いです。
前にも書いたけど、もともとサッカーにはそんなに興味がない。
「前半・後半」と分かれているだけで、45分が長く感じる。
「攻撃・守備」みたいな交代もない。
しかも、「なかなか点が入らない」ときたもんだ…。
だから、どちらかといえば野球の方が好き。
でも今回のアジアカップ(?)はすごく面白かった。
朝は10時に起きたので、完全に昼夜逆転の生活。
昨日の外出で疲れていたので、昼からはテレビを見ながら論文を1報だけ読んだ。
さて、「ボランティア」ってほんとはどうなの?
ってことについて考えてみました。
そのために「利己的・利他的」という言葉を紹介させて下さい。
すごく面白い内容ですよ。
簡単に言えば、
利己的(りこてき):自己中心的な感じ。
利他的(りたてき):他人のことも考えてあげる感じ。
ということです。
自分にとって、どっちのほうがいいでしょうか?
単純に考えれば、「利己的」な方がいいと思いませんか?
何でも自分の思うがままに行動して、自分の好き勝手に行動した方が利益も大きいですよね。
でも、「みんなが利己的」になれば話が違ってくる。
全員が好き勝手に行動する社会なんて大変…。
法律も規則もなく、争いや戦争が起きる。
こう考えると、利己的ではなく「利他的」の方がいいような。
つまり、「みんなで仲良く協力しましょう」ってこと。
そうやって人類は進化し、地域社会や国家を作りました。
「弱いものには手を差し伸べましょう」という「あたたかい社会」になってきた。
そうすれば、自分が弱い立場(老人・障害者など)になったときに手を差し伸べてもらえる…。
けど、またまた疑問が残る。
それって「利他的」に見えて「利己的」なんじゃない?
ということ。
つまり、「あたかたい社会」は「利他的(他人を助けましょう)」ってことでも、それが「自分のため(困ったときに助けてくれるから)」というのは、実は「利己的」な考え方じゃないか?
ってこと。
そう考えると、「ボランティア」ってどうなんだろう。
純粋に「助けたい」と思っている人はどれだけいるだろう。
ボランティアをしている理由として、
たとえば、
・就職活動で有利になりそうだから
・困っている人を助けると気持ちがいいから
・助けるのが楽しいから
などがある。
これは「利己的」な理由ではないだろうか?
それは他人のためではなく「自分のため」では?
そうすると、本当の意味で「利他的(他人のため)」なんて概念はないんじゃないですか?
と思えてきます。
別に、ボランティアを批判するわけではありません。
現実に人の役に立ってるんだし、すごく良いことだと思います。
けど、言いたいのは「実は、他人のためという理由でやってるわけではない」ということ。
これを証明するのが「ゲーム理論」という考え方で、今すごく興味を持っています。
確率・統計などを使うんですが、経済学部などでよく使われているようです。
自己中がいいのか、協力したほうがいいのか、裏切った方がいいのか…
人間の心って難しい。
けど、それが解明されてくるのは面白いです。